大庭城址のさくら
初めてメゾチントを試み、油彩作品「さくら」をベースにして、「さくらB]を作ったのは、もう三年近くも前のことです。今回、同じ下絵を使って、メゾチントで改めて「大庭城址のさくら」を制作したのは、この三年間にどの程度の技術的進歩があったのかを知りたかったからです。
三年前は、いわゆる目立ての作業にカッターナイフの刃を束ねたものを使っておりましたが、現在はメゾチントの標準工具であるベルソーを使用しています。ベルソーを使用するとカッターナイフの刃の場合よりも目立て面が均質で緻密になり、したがって細かな描画も容易になります。
目立て面を削り取っていく描画作業には、一般に三角スクレーパーを使用しますが、その砥ぎ方が作業の質や能率に影響します。この三年の間に、砥ぎ方はかなり巧くなっているはずです。また彫刻刀を改良した手製のスクレーパーの効果も期待できそうです。 インクを版の全面に塗布してから不要部分を拭き取る作業も重要な工程の一つですが、その技術もかなり進歩したと思っています。
さてこれらの道具や手法の改善に加えて、私が期待しているのは、この三年間における私自身の固有能力の進歩です。
人間の脳には数百億個の神経細胞があって、それらの脳神経細胞が記憶、意識、外部からの刺激などの状況にしたがって、さまざまに結合し、活性化し、それによって人間が意味のある行動をし、さらにそれが繰り返されることによって人間の行動能力が進歩するのだそうです。この理屈に従えば、この三年間の経験を経て私の脳神経細胞の結びつきが大いに改善され、メゾチント制作能力が進化したはずであり、それを作品の出来具合によって評価できるのではないか考えるのです。
この制作能力の進歩についてもっと具体的にいえば、モチーフやメゾチント手法に適したイメージを持つ能力、イメージ通りに線を引き、濃淡を表現する手指を中心とする運動能力、プリントされて出てくる作品が期待通りのものになるかを作製中の版の状態から予測する能力などがかなり進歩したのではないかということです。
以上は、脳のメカニズムを解説している「脳は空より広いか」(ジェラルド・M・エーデルマン著)という本に書いてあることををかなり強引にメゾチント制作に結びつけて考えたものです。なにもここでこんなにややこしいことをいわないでもよいのではないかと思われる方が多々あると思いますが、このように考えながらこの本を読むと脳をよく理解できるような気がするし、いささか忍耐を要するメゾチント制作も楽しくなるのです。読み終わったら読書感想としてまとめてみたいと思います。
三年前の作品「さくらB]とその時に記した解説をそのまま以下に掲載しますが、今回の「大庭城址のさくら」が「さくらB」よりも本当に進歩しているのか客観的に評価していただければさいわいです。 (2010年3月)