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東京国際キルトフェスティバル  


東京国際キルトフェスティバル入場券

 遅い朝食を終え、広げていた新聞からふとテレビに眼を移すと、画面には東京ドームで開かれているキルトフェスティバルの会場がありました。紹介されている優秀作品のほとんどが見事な配色、しっかりした構成の抽象作品で、しばらくの間その美しさに見とれてしまいました。
 そしてその二日後、水道橋で降りた私は初めて東京ドームに入ってみました。

 広い会場は中老年の女性で一杯でしたが、歩き回るのに難渋するほどでもありません。私にはキルトについての知識はほとんどなく、個々の作品について正しい評価を下すことなどできる筈はないのですが、ここでは画を描く立場で見た感想を述べてみたいと思います。
 その感想は次の二点に集約できます。

  • キルトは絵画の一部である
  • 抽象的な作品は具象的作品より断然面白い

 まず素直に申し上げるならば、キルトは立派な絵画です。キルト作家にしてみれば、キルトはキルト、絵画の一部などに入れるなど余計なお世話だということになるかもしれません。しかし既にお断りしているように、これは画を描く者の勝手な感想としてご理解頂きたいのです。

 キルトがなぜ絵画であるか、この質問には、布地という平面に表現されたそのものが絵画であるからとしか答えられません。
 現在の絵画は、どんな材質の上にどんな材料で描いても、何をモチーフにしても、いかなる表現手法をとってもよく、制約というものがほとんどありません。つまり形式的な区分や技術的な内容で絵画に入るか入らないかを論議することはできないのです。
 これまで絵画は、絶えず新しい表現形式が求められてきた結果、彫刻、写真、書,陶芸から演劇まで、他のジャンルに食い込んで利用したいものは利用してしまうという大変不謹慎で、厚かましい側面を持つようになっており、他のジャンルとの境界については、評論家でも正確に答えられないのではないでしょうか。このような漠然とした絵画の概念の中にキルトが入っても全然おかしくないということであります。

 さて展示されていた多くの作品の中では、抽象的な作品に優れた作品が多いように感じましたが、これはキルトの本質的なものに由来するのでしょう。キルトは、古い小切を縫い合わせて美しい柄を創作することに始まったのだと理解していますが、色の種類や布地の材質が限定されている条件の下で美の創造に苦心することにより、色や形についてのバランス感覚が養われ、あるときは単純で力強い作品が、またあるときは複雑でデリケートな作品が生まれ、今日数多くの傑作が残されているのでしょう。古い布だけに頼ることもなくなった現在でも、この特性は失われていないと思います。

 ここで素人なりにキルトの制作過程を想像し、その特徴を挙げてみます。勿論キルトには様々なスタイルや手法があるでしょう。私の想像は、その一部についてであるし、その部分にも理解不足があるということは承知の上です。

  • キルトの制作課程では、まず方眼紙に色や形を書き込んで図面を作り、計画する
    ことが多い。
  • 図面に従って作られた各ます目の布地を床の上に並べて、色や形のバランス、
    期待されるイメージとの差などをチェックし、一部の布地を作り変えたり、位置
    を変更する。
 まず最初の図面についてですが、一般的な絵画では、スケッチを描いたり、習作を作ったりすることはあっても、図面といわれるようなものを作ることは滅多にありません。習作の上に線を格子に引くことはありますが、これは習作をタブローに転写するための手段であって、とても図面といえるものではありません。またこの図面を作るのに方眼紙を使うところが一つの味噌であり、どのます目も正方形で同じ大きさであれば、簡単に一つの布地の向きを変えたり、位置を変更することができます。

 このようにしてキルトの制作過程を想像してみると、予想外に緊張した色の対比が得られたり、自分のイメージよりもはるかに面白い形を創造できるような気がしてきます。またキルトの特徴でもある色や形の繰り返し表現も工夫できるでしょう。
 一般的な絵画では、色々な技術的問題を考えながらパレットの上で絵の具を混ぜ合わせ、キャンバスに塗りつけるのですが、それは結構複雑で難しい作業です。頼りにする色や線や形のイメージというものは非常に頼りないもので、結局満足できるまで試行錯誤を続けるしかなく、適当なところで妥協してしまう場合も少なくありません。
 それに対して、そこにある色やます目の位置を選択するだけのキルトでは、容易に統一感のある色バランスが得られ、自分が想像もしていなかったような緊張感ある色対比をものにすることも可能です。ヘボ絵描きが(私を含めて)対象の色彩や形に囚われて四苦八苦するようなこともなく、奔放に造形作業を進められるでしょう。

 このようにキルトの制作過程を整理して考えて見ると、その多くの手法が一般的な絵画にも応用できるように思われてきます。早速試してみましょう。(2007年2月)