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昨年は秋の東北であった。今回は旅行社の美しい観光パンフレットに誘われ、緑の奥入瀬、青い八幡平、瑠璃色の田沢湖などを巡ることにした。時を同じくNHK朝の連続テレビ「どんと晴れ」できれいな岩手地方の景色や民話を紹介している。遠野や三陸海岸も組み込んだタフなコースになる。
<2007.5.29〜6.1> |

■伊丹から秋田空港 <5/29>
飛行機はMD(マクドネルダグラス)90。エンジンや主翼が後方にあるため、離陸時は通常の飛行機よりも機首を大きく持ち上げて上昇する。淀川上空から京都、滋賀、残雪のアルプスを越える。新潟沿岸を北上して秋田に向かう。
■角館
秋田空港からレンタカーで角館を目指す。秋田の木々の緑は生き生きしている。大阪のくすんだ木々の色とは全く違う。桧木内川を越ると角館の中心部となる。シーズンオフでひっそりしている。武家屋敷の両側は枝垂れ桜が柳のように覆いかぶさっている。この枝垂れ桜がピンクに染まる頃にも訪れてみたい。
■田沢湖
角館から秋田内陸鉄道に沿って北上。田沢湖を見下ろす潟前森林公園の展望台にやってきた。
眼の前に現れた景色に思わず声がでる。田沢湖はよく瑠璃色と言われる赤味のある青で表現されるが、深い・澄んだ・輝くような・明るい・真っ青・・・何とも表現のしょうがない。田沢湖がこんなに美しいとは。もう一組のグループも感嘆の声をあげている。
田沢湖の水深は423mもあり日本一深いが、世界ではシベリア・パイカル湖は1680mもあるから驚く。
角館、田沢、玉川
■辰子像
展望台からS字カーブを下ると湖岸に有名な辰子像がある。辰子にまつわる伝説はバスツアーであればガイトが説明してくれるはず。
田沢湖のほとりに住む辰子は、自分の美貌を永遠に保ちたいと村の観音さんに願掛けをした。お告げのあった通り、田沢湖の水を飲み続けたところ龍に変えられてしまい、田沢湖に身を沈めて暮らすことになる。
一方、秋田県の八郎潟でも人間から龍に変えられた八郎太郎がいた。もとは十和田湖に住んでいたが八郎潟に追われた。その八郎太郎は田沢湖の辰子に恋して、やがて二人は田沢湖で一緒に暮らすようになる。主の増えた田沢湖は冬も凍ることなく益々深くなったが、主を失った八郎潟は年を追うごとに浅くなったという。
各々の地方の時代背景や歴史的立場などから、田沢湖・十和田湖・八郎潟の三湖伝説が語り継がれている。
■玉川温泉
田沢湖から玉川のダムサイドを走って玉川温泉に向かう。大噴(オオブケ)と呼ばれる源泉の吹き出し口に降りてみる。この泉質はPH1の強酸性硫黄、鉄を溶かし農作物を枯らす玉川毒水と呼ばれた。そのため一時期、下流の田沢湖は死の湖となったが、現在は中和処理されている。
付近の岩盤は放射性ラジウムを含有する。岩盤浴や殺菌力のある露天風呂に入る湯治客を多くみかける。
八幡平
■八幡平
玉川温泉から秋田県と岩手県にまたがる広大な火山台地、八幡平を目指す。高度を上げると10mを越す残雪の壁。
県境付近の見返し峠からの景色が特に素晴らしい。ブナやアオモリトドマツの原生林が覆う深い緑と岩手山の南部片富士を望む絶景は美しい観光パンフレットの写真そのままである。
残雪に2人の足跡を残してこの日の宿、八幡平温泉郷の八幡平ロイヤルホテルに向かう。この山麓ホテルから見上げる岩手山の姿も美しい。
■十和田湖 <5/30>
翌日は十和田湖から奥入瀬を目指す。十和田湖の南の入口にあたる発荷峠。十和田火山のカルデラ湖やその後方に八甲田山を望む景色は、昨日の田沢湖展望台と遜色ない程素晴らしい。
十和田湖観光の中心、休屋から観光船に乗る。湖に突き出た御倉半島の赤い地質は十和田湖伝説に登場する八郎太郎が戦いに敗れ、血を引いて八郎潟に逃げた場所と伝えられる。秋には真赤に紅葉する。
■乙女の像
十和田湖のシンボルとなっている高村光太郎の彫刻が御前ヶ浜に立つ。この像のモデルは智恵子夫人とされるが、実際は違うらしい。
十和田湖
■奥入瀬渓流
休屋から瞰湖台(カンコダイ)を経由して子ノ口で昼食。ここから焼山までの約14キロが奥入瀬渓流となる。ブナやカツラなど新緑のトンネルで覆われ、苔生した岩の間を激しく時にゆるやかな渓流が続く。要所要所で路肩に車を停めて渓流沿いを散策する。平日でどこも空いている。
川幅いっぱいに水量豊かに落ちる銚子大滝。落差のある雲井の滝。繊細な白絹の滝。合流分離を繰り返し、岩に咲く山ツツジが彩りを添える三乱の流れ。岩の間を激しく白く泡立つ阿修羅の流れなど、どこも見ごたえがある。奥入瀬渓流の終盤に近い名所の石ヶ戸の瀬も歩くが、これまでの変化に富んだ流れに比べると静かに流れる。
奥入瀬渓流
■八甲田山
午後から雲が多くなり天気は予想より早く崩れる可能性がある。奥入瀬を少し早めに切り上げて、明日予定していた八甲田山に行ってみることにした。
八甲田山を写す睡蓮沼に着いた時、既に山頂の一部が雲で覆われ始めていた。残雪の峠を越えると酸ヶ湯温泉。ヒバ千人風呂のある大きな建物の中に入ると硫黄臭が漂う。この先、城ヶ倉大橋や陸軍第8師団の雪中軍行遭難のあった場所などを周りたいが時間的に厳しい。宿泊先の奥入瀬に引き返す。
■奥入瀬渓流グランドホテル
岡本太郎作の巨大暖炉のあるロビー。大きな窓から奥入瀬の緑が降り注ぐ。
ブナ林を見渡せる露天風呂。庭園を眺めながらの夕食場など雰囲気のよいホテルである。チェックインしている時、ロビーに桂三枝がいた。数日後、その桂三枝と橋幸夫が奥入瀬・十和田湖を巡る放送をしていた。テレビで観ても新緑の奥入瀬は素晴らしい。
八甲田山
■三陸海岸 北山崎・鵜の巣断崖 <5/31>
昨夜は相当雨が降ったようで、今朝の奥入瀬川は茶色に濁っている。清流は一夜にして消えていた。
この日は午前中に八甲田山を予定していたが、すっかり雲で覆われて見えない。昨日、前倒しで少しでも八甲田山を見ておいてよかった。そのため、この日の朝はゆっくり出発。奥入瀬川を下って十和田市の駒街道から六戸、八戸からの三陸海岸沿いの浜の駅や小さな漁港などを訪れながらのんびり走る。
三陸リアス式海岸の名勝地北山崎に着いた時、霧が発生していたがレストハウスで昼食をしている間に視界が開け、切り立った海のアルプスが展望できた。次の鵜の巣断崖では再び霧に覆われ巨大な断崖が霞んで見える。
■宮古 浄土ヶ浜パークホテル
3泊目の宿は、高台の景勝地に建つ浄土ヶ浜パークホテル。眼下に風光明美な浄土ヶ浜を見下ろすことができる。入江の向こうに見える重茂半島とどが崎が本州最南端にあたる。「喜び悲しみも幾歳月」の映画の舞台となった灯台がある。名物の塩水露天風呂に入って身体がポカポカ。それに地元の海鮮料理が美味しい。
三陸浄土ヶ浜
■浄土ヶ浜 <6/1>
浄土ヶ浜のこのホテルは本州では最も早く日の出を見ることができる。海側の部屋を確保していたが、天気の回復は半日程遅れて日の出を見ることはできなかった。
朝食後、浄土ヶ浜に向かう。宮古の霊鏡和尚が白い砂浜と小島の岩肌、紺碧の海、松の緑に飾られた美しさを「極楽浄土の如し」と感嘆して浄土ヶ浜と名付けられたとされている。
階段を下り遊歩道のトンネルを抜けると三陸の荒々しい外海とは異なり、穏やかな浄土ヶ浜の景色が広がる。遊覧船に乗ってローソク岩や潮吹き岩などを巡る。この頃になってようやく太陽が顔をだしてきた。
■遠野
三陸の海を離れ山と田園風景の広がる遠野に向かう。およそ100年程前、民族学者の柳田國男がこの地方の民話集遠野物語を発刊して有名になった。
伝承館で遠野の昔の生活文化を知る。すぐ近くにある常堅寺の裏手に民話で伝えられるカッパの淵がある。ここにカッパが住み人々を驚かせたという。その小川は思ったより浅く穏やかな流れ。周囲にはカッパの祠、カッパ橋、カッパの陶像などがある。
カッパの厠を借り、北上ICから東北高速で最終見物地の平泉に向かう。
遠野、金色堂
■中尊寺
長い表参道の月見坂の登りを避けて最奥の駐車場まで入る。奥州藤原氏が四代にわたって築いた栄華は鎌倉幕府に敗れて終局した。その後、火災でほとんどの堂塔を焼失するが、金色堂だけが奇跡的に残った。
1950年(S25)の学術調査で、須弥壇内に藤原清衡、基衡、秀衡の遺体と、泰衡の首が納められていることが確認されている。大規模修復により1968年(S43)創建当時の輝きを取り戻した。
■いわて花巻空港
花巻空港は岩手の空の玄関口。花巻出身の童話作家 宮沢賢治の作品にちなんでイーハートブの風にのってが愛称になっている。850キロ走った車を空港で乗り捨てる。
田沢湖
訪れた東北は美しい緑が目に染みる、春もみじの季節であった。雄大な八幡平、美しい十和田湖、変化に富んだ奥入瀬の清流、シーズンオフでどこも静か、存分に楽しむことができた。特に、展望台からの田沢湖の眺めは、この1枚の写真だけではとても言い表せないほど素晴らしかった。
角館、八幡平、奥入瀬など季節を変えて再び訪れてみたいところである。

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