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 ちょっとおでかけ               
                               Part - 2

いろいろ  1dayスポット   Part - 1

乙訓寺の牡丹  鳴門の渦潮 淡路島 黒岩水仙郷 三室戸寺の紫陽花 芥川鯉のぼり
  伊吹山 御室 仁和寺 比叡山 延暦寺 曽爾高原のススキ USJ
  あべのハルカス 姫路城 浜松基地航空祭 明石海峡大橋 キッザニア甲子園
  葛城山のツツジ  メタセコイヤ並木 モネの池 春日大社の藤 青もみじの寺 写経.法話



 青もみじの寺 写経・法話
 <2020.6.6>

       

 春の若葉から徐々に深みを増してくる青もみじの季節。
 京阪電車を乗り継いで、叡山電車八瀬駅の裏に佇む瑠璃光院を初めて訪れた。春と秋の2回だけ限定公開される。まだそんなに知られていなかった頃、妻に行こう!と言っていた約束は果たせなくなっていた場所である。
 その後、インスタ映えなどで有名になって、近年は2時間待ちになるほど混雑する。6月1日から15日間の短い限定公開であるが、緊急事態宣言解除直後でびっくりするほど空いている。

   

 寺とは思えない数寄屋造り。2階書院の磨き抜かれた写経机や廊下に、若葉から徐々に深みを増してくる青もみが反射、書院と庭園が一帯となって緑色に染まる。これが秋になると紅色に変わる。
 ときおりカメラのシャッター音しか聞こえない静寂の空間。亡くなった妻の供養に仏説観無量寿経を写経して本尊の阿弥陀如来に合掌。
 この後、八瀬から大原に向かう。三千院に通じる大原の小路に並ぶ店舗は数軒しか開いておらず、客のいない茶店の赤い縁台と日傘が寂しげにうつる。
 三千院は比叡山天台宗の由緒ある門跡寺院。本尊の薬師如来より、往生極楽院本尊の阿弥陀如来三尊(国宝)の方が有名である。
 その仏前で僧侶の法話を聞く。少し清々しい気持ちになった後、もみじと杉木立の間から木漏れ日を浴びで映える苔の庭園を巡る。


      

 緑色のもみじでも「青もみじ」と表現される。その語源は平安時代にさかのぼるらしい。
 当時の色の呼び方は「黒、白、赤、青」しかなかったようで、木々の緑葉は青葉、名物の京野菜は青菜などと表現された。
 青で進む交通信号。古い交通信号は緑色であるが青信号と言っている。最近はより鮮明な青いLEDに変わってきている。







 
明石海峡大橋 <2018.4.20>

     

 明石海峡大橋は世界最長の吊り橋。40年もの調査期間と12年の工期を経て1998年(H10)開通。今年で20年目を迎えるのを記念して、特別ライトアップが行われている。
 明石は東経135度が通り、日本の標準時間を刻む大時計が「明石市立天文科学館」にある。駅北口に廃城となった明石城の天守台跡が残る。
 明石海峡大橋が開通して、淡路島を結ぶタコフエリーは廃止されたが、高速船が復活した。その高速船で海から明石海峡大橋を見上げる。
 明石港の魚の棚市場。魚介類や練り物、乾物店などが軒を連ねる店舗に並ぶ魚が飛び跳ねている。鯛、タコが有名。昼食はタコの明石焼にした。出汁に浸して食べるが、丸く焼き上げた大阪のタコ焼きと比べると見た目が貧弱。お腹を膨らせて明石海峡大橋の舞子公園に向かう。

   

 明石海峡大橋の海上展望台や海上遊歩道、隣接する橋の科学館で架橋技術などを見学。
 全長約4キロ。中央支柱間距離2キロ。支柱高さ300m。海面からの高さ65m。メインケーブル直径1.1m。中央支柱の海底基礎部分は甲子園球場の広さがあり、その上の海上支柱の直径は80m。世界最大のスーパー大吊り橋。建設中の1995年に起こった海峡直下の阪神淡路大震災。淡路島と明石間の地盤が1.1m伸びたが橋の損傷はなかった。
 青い空が徐々にオレンジ色に染まりだす。日没とともにメインケーブルに設置された照明が虹の架け橋を演出して明石海峡を七色に染める。







 モネの池 岐阜県関市 <2017.5.20>

      

 岐阜県関市板取の山間に「モネの池」と呼ばれる絵画のような池がある。
 名もない灌漑用の小さな池であったが、ここに何となしに睡蓮を植え、鯉が放流された。すると、フランスを代表するモネの絵画「睡蓮」によく似ていと言われるようになった。
 2015年頃からSNSや地元のテレビで紹介されだした。
息子達が行ってきた写真をみて妻が綺麗!行きたいと。
 睡蓮が咲く6月にはまだ少し早いが、日差しが高くない早朝がよいらしい。大阪から4時間かかるため、手前の岐阜長良川畔で一泊、その翌朝に行ってみた。

 真っ青な空が池に映り、鯉が空を泳いでいるかのようであった。あまりにも好天気、照り返しが強すぎるため、想像していたほど綺麗な色にはならなかった。







 メタセコイヤ並木 滋賀県マキノ <2017.5.19>

     

 滋賀県湖北、高島市マキノ町に「日本街路樹百景」に選ばれているメタセコイヤ並木がある。

 ここを一躍有名にしたのは、韓国のテレビドラマ「冬のソナタ」に登場するシーンに、よく似ていたことこがきっかけになった。
 2.5キロの直線道路の両側に真っ直ぐに伸びた、高さ30m程のヒノキ科の針葉高樹「メタセコイヤ」、500本程が列をなして植わる。
 若い頃、この道の奥にあるマキノスキー場によく行ったが、当時は何もない普通の田舎道であった。1981年(S56)マキノ町果樹生産組合が植え始め、徐々に距離を延ばして、今の景色になった。 
 春の芽吹き新緑、夏の深緑、秋の紅葉と進み、冬は雪を被った白い木立に変化する。

     


 紅葉のトンネル <2017.11.30>

     

 近年、近畿の紅葉ランキングトップになるほど有名になった。
 出発する時、大阪はよく晴れていたが、湖北特有の時雨がちで天気は今一歩。9月の台風で葉が相当落ちてボリュームが不足していた。


 雪景色 <2018.2.14>

     

 新緑、紅葉に訪れた。残りは雪のトンネル。
 寒気団が南下して湖北は雪。夜半から早朝にかけて着雪すると予想。朝一番の湖西線新快速で訪れた。しかし、例年に比べて積雪量は圧倒的に少なく、気温は4℃と高い。陽が射してきて、木立の雪は消える寸前、真っ白に雪を被った木立のトンネルにはならなかった。







 
春日大社の藤 <2018.4.23>

      

 春日大社のシンボルは藤。毎年5月のGWに見頃を迎えるが、今年は早や満開となった。
 平安時代を代表する華やかな春日造りの朱殿に、樹齢700年以上といわれる砂ずり藤が際立つ。背後の神域御蓋山では山藤の巨木が生い茂り紫の房を咲かせている。
 春日大社に隣接する6千坪もの広大な神苑。この中にある万葉植物園の藤の園が凄い。まるで藤のジャングル。藤らしい藤からこれも藤かと思わせるものまで20品種200本が咲き乱れる。

  

 春日大社は奈良時代から平安時代にかけて栄えた藤原氏(旧中臣氏)の氏神。
 鹿島の神とされる武甕槌命(タケミカズチノミコト)が鹿に乗って降り立ったとされ、鹿を神の使いとして保護した。神紋の下り藤が境内に多く植えられいる。
 中世期には神仏習合が進んで興福寺と一体とみなされ、春日権現として信仰された。明治の神仏分離で全国約千社ある春日神社の総本社として春日大社と改称された。今年で創建1250年になる。






 
キッザニア甲子園  <2017.1.11>

 体験型子供商業施設のキッザニア甲子園。三井ショッピングパーク「ららぽーと甲子園」内にある。
 この中に実在の企業がスポンサーになった、お菓子工場(森永)、ソーセージ工場(日ハム)、デパート(高島屋)、すし店(さと)、宅配便(クロネコヤマト)、新聞社(朝日)、ビュ−ティ−サロン(資生堂)、ANA、阪神電車、消防署、警察、病院などのパビリオンが100種程。その中から子供達が興味のある仕事を選ぶ。
本物そっくりのユニフォームや道具を使って、実際に体験しながら仕事の仕組みを学ぶ。日本最初の体験型パビリオン。甲子園と東京しかないため、遠く四国、九州や海外からも来る。
 人気の高いすし店やピザ店などでは、早朝から1時間以上並ぶ。大人は店内に入れなため、見学用の窓から見物。子供用に仕立てられた可愛いユニホームを着た孫の写真撮影に追われる。
 すし店では英語で作り方を説明、にぎり寿司や軍艦巻などを作る。ピザ店では好きな具をトッピングして焼く。孫が作ったできたてのピザを食べたが美味しい、本物のピザ。







 浜松基地航空祭 エアフェス <2016.10.15>

 
     

 孫の運動会の帰り、自衛隊浜松基地で開かれていた「浜松基地航空祭エアフェスタ」に行ってみた。
 航空自衛隊の誇るブルーインパルスによるアクロバット飛行が行われる。広い基地内は関西や名古屋方面から観光バスで訪れた人達も含めて満員。F86ジェット1編隊6機によって急降下、急上昇、急旋回、ハートなどが繰り広げられる。

  

 浜松基地は航空自衛隊の発祥地、航空自衛隊で唯一の広報機能を持つテーマパークがある。
 アクロバット飛行隊のブルーインパルスが1960年(S35)に浜松基地で初めて発足。東京オリンピックで五輪の輪、大阪万博ではEXSPO70の文字を空に描いている。

 格納庫や展示館には実物のゼロ戦機、F1戦闘機、ヘリコウプターなど20機ほど。他に航空装備品、フライトシミュレーター、全天周シアターなども見学してきる。







 
曽爾高原のススキ <2015.10.26>

     

 関西屈指のススキの名所、曽爾(ソニ)高原。奈良県と三重県の県境、室生赤目青山国定公園内にあり、室生火山群に属する倶留尊(クロソ)山(1038m)と亀山(849m)の西斜面一帯に広がり、秋になる、群生したススキの穂が銀色に輝くことで知られる。
 萱葺き屋根として使われてきたススキ、現在ではあまり使われなくなったが、ススキの景観を残すため地元の人達によって保護されている。毎年3月に山焼きをして雑草が生えるのを防いでいる。
 10年程前に来た時は、狭い集落や急カーブの続く峠を通ったが、バイパスやトンネルが開通して、大阪から最速2時間で来られるようになっている。

  

 なだらかな高原の中央のお亀池が。ここから、つづら折りの長い坂を登って亀山峠(810m)に向かう。少し登っては休憩を兼ねて、写真を撮りながら峠まで1時間。以前は、妻とこの峠から這うように倶留尊山の急斜面を登ったがもう無理、ギブアップ。
 峠で日が傾くのを待って、夕陽に照らされたススキを撮る。ススキは逆光で撮らないと銀色や金色に輝いてくれない。しかし、逆行にすると空の色が飛んでしまうから難しい。 
 日が傾いて来ると、気温がどんどん下がる。もう少し茜色に染まるまで待ちたいが寒くて退散。







 平成大修理を終えた 姫路城 <2015.4.7>

     

 白い漆喰屋根と白壁の美しさ、城構えが羽を広げて舞う白鷺にたとえられて「白鷺城」の別名がある。築城以来、戦災に遭うことなく、江戸時代の姿をほぼそのまま残している。
 5重6階の大天守と東、西、乾の3基の小天守が、渡櫓で結ばれた連立式天守。昭和の大修理から50年経過、痛みや汚れが目立つようになって、5年がかりの大修理を終えたばかり。

 小高い姫山に建つ天守群と、鷺山の西の丸を中心に城域を形成。大手門から入ると三の丸広場。表玄関にあたる菱の門から入る。三国堀を囲む城塀の上方に大天守、西小天守、乾小天守を仰ぐ。
 迷路のようになった坂を上って、いの門、ろの門、はの門・・・を順に潜り、天守の入口に至る。天守内は思ったより狭い。窓、二重扉、石落とし、石打ち棚など戦略上の工夫が随所にみられる。階段が急で狭いため長蛇の列。最上階はさらに狭く入場制限するほど。

     

 天守群直下の広場が備前丸。ここに本丸御殿があった。順路にしたがって西の丸に向かう。
 西の丸は城の防衛強化のために造営した曲輪櫓。百間廊下と呼ばれる240mもの渡廊下から成る。石落としや狭間(ハザマ)などの防備を備えている。後に本多忠刻と再婚した千姫(徳川家康の孫)のために、化粧櫓が建てられた。この西の丸庭園から眺める天守群が一番風格がある。
 城の櫓や土塀には狭間と呼ばれる穴がたくさん開けられている。長方形は弓矢、丸形や三角形は鉄砲を撃つため。築城初期の自然石を積んだ野面積の古い形式の石垣も一部で残している。

     

 老朽化して44cmも沈下、傾いた姫路城の大修理。明治の修理では技術的に対応できず、持ち越された昭和の大修理は30年間もかけて行われた。
 中でも5千トンもの巨大建築物を支える大天守の2本の芯柱。特に腐った西芯柱の取り換えが大きな課題になった。長さ25m以上、太さ1mを越える巨大桧探し、3万本の足場木材などの加工から始まった。8年がかりで完全解体、再組み立ての大修理は「鹿島の軌跡」として書籍化されている。








 
葛城山のツツジ <2015.5.11>

 自宅からも遠く望める、大阪府と奈良県の境にある大和葛城山(959m)。この季節になると自生のツツジで真赤に染まる。満開になった一目百万本を何年ぶかで訪れた。
 駐車場とロープウェイが混雑するので自宅を6時前に出発、7時過ぎにロープウェイ乗り場駐車場に着いた。この時点でも既にかなりの人がロープウェイ乗り場に並んでいる。
 山頂駅まで7分程。そこから尾根まで坂道を30分。正面に金剛山(1125m)が堂々と鎮座する。快晴で気温は8度とかなり肌寒い。

     

 尾根の南斜面一体に自生のツツジ園が広がる。もともと葛城山には2mほどある笹が山一面を覆っていたが、1970年頃に笹が花を咲かせた後、一斉に枯れてしまった。
 その後、今まで下積になっていたツツジが成長、咲き始めた。このツツジを守るため、復活しだした笹を刈り取る地道な作業を毎年続け、ツツジが斜面を赤く染め上げるようになった。
 訪れた人たちは、尾根の花見台やベンチから斜面一面を覆う赤い絶景を思い思いに楽しんでいる。
 斜面を下って、下から青い空と赤く燃える山肌を見上げる景色も壮観。

 その後、葛城山の山頂まで150mほどの高度差を登る。大阪市内とベイエリア、奈良盆地、遠くに高野・紀伊山系を望むパノラマが広がる。


      

 昼前、麓のロープウェイ乗り場に下山すると、朝の光景は一変。整理券発行中のロープウェイは2時間待ち、駐車場は満車、1キロほどの大渋滞。







 
USJ(ユニバーサルスタジオジャパン) <2015.5.5>

   

 ハリウッド映画の世界を体験できるテーマパーク。米国のユニバーサルスタジオが運営する。本場米国ではカリフォルニアやフロリダのテーマパークが有名であるが、海外進出第一号として2001年に大阪桜島でオープンした。
 千葉県、北九州市、堺市、大阪市大正区のなどが候補地として検討されたが、大阪市の遊休地に隣接した日立造船、住友金属の跡地に決定した。
 当初は大阪市も出資する第三セクターとしてスタートしたが、大阪市の土地賃貸料金を巡り対立。大阪市は手を引き法廷闘争になっている。
 
1年目で入場者世界最速1千万人を突破。その後、800万人前後に減少した頃に何度か訪れた。
 これまでにないスリル、アクション、派手なパホーマンスのアトラクションが目白押し。その後、子供向けのワンダーランドができて孫も大喜び。
 当初は世界のテーマパーク入場者数の9位にあったが、ハリーポッターやスパイダーマンなどの新企画などで2012年頃から再び1千万人を突破。東京デズニ―ランドの3位に次いで4位まで上昇した。
 1千万人を突破すると混雑が凄い。休祭日の入場者は5万人を超える。東京デズニ―ランドの面積の7割しかなく狭く窮屈。場内のレストランやグッズ、お土産品の高さに驚く。入場料金を上げても入場者が減らないのが不思議。







 あべのハルカス (マリオット都ホテル) <2014.9.11> 

 自宅から嫌でも視野に入るあべのハルカス。その38階から57階まのホテルが今年3月オープンしたばかり。
 この高層ホテルでわずか15室ほどしかない北西のコーナールームの予約がなかなかとれなかったが、夏の繁忙期を過ぎてようやく確保できた。

        

 大阪マリオット都ホテル。近鉄資本の都ホテルと外資のマリオットのWブランド。
 近鉄本店の19階がホテルのフロントフロア。天井が高く床まで透明な強化ガラス張りで明るく開放感がある。シンプルでスタイリッシュな白いデスクカウンタ。壁がないから大阪市中や生駒山が見通せる。今までのホテルのフロントとは全く違う。

 チェックインの時、ハルカス展望台の無料入場券がもらえる。確保した48階のプレミアムコーナールーム。床から天井まで強化ガラス張り。真ん中に什器が置かれ部屋の西と北は全面壁がない。
 自宅を出発する寸前まで小雨であったが、雲が取れて夕日が射してきた。大阪の街が輝き、京都から神戸、淡路島まで望める。24階の自宅マンションが小さく小さく見える。

  

 夕食を12階のハルカスダイニングで済ませて展望台に向かう。16階の専用エレベーターで60階まで45秒。分速300mは今時として速くはない。横浜ランドマークのエレベーターは分速600mもある。
 全面ガラス張りの高層展望台からの夜景は格別。床も一部が透明になっているため、直下に阿倍野交差点が見透かせる。この日は生駒山頂に中秋の名月が輝く。エレベータが到着するたびに、降りて来た人達からワー!キレイと歓声。

 展望台の夜景を堪能して部屋に戻る。ベッドに寝転んで通天閣などの夜景が眺められるシースルー。アメニティも充実している。ビューバスル−ムで夜景を眺めながら入浴。マリオットのオリジナルらしいTHANNはタイのナチュラルスキンケアと妻が教えくれた。

       

 翌朝、東の空が青白くなり、生駒山頂付近が次第にオレンジ色に染まり始める。朝霧の中に北摂山系から京都の山々が墨絵のように浮かぶ。6時前、生駒山から太陽が顔をだす。
 朝日に照らされて大阪の街並みがほんのり赤く輝きだす。大阪湾は順光、明石海峡大橋や淡路島まで綺麗に見渡せる。
 19階のビュッフェ。ここも全面ガラス張りで南西側の景色が見渡せて明るく広い。自分の好みの具を入れたオリジナルオムレツをリクエストするとテーブルまで届けてくれる。
 コーヒーも取にいかなくてもテーブルで入れてくれるほどフタッフは多く、サービスは行き届いている。食材も新鮮で美味しいものが揃っていた。何もかも洗練されている。

  



 いよいよグランドオープン <2014.3.7>

 開業100日前から始まったカウンドダウン、昨夜「1」になった。開業イベントが行われた今朝、上空を報道ヘリが賑やかに飛び交っている。
 近畿日本鉄道が建設したあべのハルカス。広さも日本一の百貨店であるが、全体の1/4を売り場ではないスペースに割いて、買い物以外の目的でも長く楽しめる滞在型としている。
 12〜14階は日本最大規模のレストラン街、ハルカスダイニング。9階の生活雑貨フロアでは調理用品コーナーの隣に料理教室を設けたり、広大な子供の遊び場など、さまざまなイベントを企画して人が集まる場づくりをめざしている。







 
三室戸寺の紫陽花 <2014.6.18>

     

 宇治の三室戸寺は西国観音霊場十番札所。奈良時代、千手観音菩薩を本尊として創建、天皇や貴族の崇拝を集め堂塔伽藍が整った。観音霊場として賑わったが、戦火や落雷で何度も焼失、現在の本堂は約180年前の再建。小ぶりの三重塔がある。

 京阪三室戸駅から1キロ程のゆるやかな登り参道。最後が60段の高い階段。
 境内では5月になるとツツジと石楠花、6月は紫陽花、7月は蓮と順に咲く。丁度、紫陽花が紫絵巻のように咲く頃に訪れた。

  

 新聞報道によるとハート形の紫陽花があるという。1万株もの中から探すのは、四葉のクローバーを見つけるのと同じぐらい難しいと書かれているが、なんとなくハート形の花を見つけて撮った。これが噂の花であるかどうか定かではないが。







 比叡山 延暦寺 
<2013.10.10>

        

 京阪電車の1dayチケットを使って比叡山を訪れた。
 標高848m、京都と滋賀の県境に位置、山上から眼下に琵琶湖や伊吹山まできれいに見通せるほどの好天気。登り口は京都側の八瀬からケーブルとロープウェイ。

 山上から滋賀県側の東麓にかけて東塔、西塔、横川の三塔十六谷の堂塔からなる。比叡山の山全域が境内とされるほど広大。
 788年、最澄(後の伝教大師)が都の鬼門封じの場所に法灯を掲げ、薬師如来を本尊とする天台密教を開祖。以来、空海(後の弘法大師)開祖の高野山真言宗と並ぶ平安期の仏教の中心地となった。

 東塔には延暦寺総本山の根本中堂、大講堂などが集まる。西塔は東塔から奥に1キロ、釈迦堂、最澄の御廟、親鸞(浄土真宗開祖)の修業地跡などがある。
 さらに4キロ奥、奥比叡の横川中堂は法然(浄土宗開祖)、栄西(臨済宗開祖)、道元(曹洞宗開祖)、日蓮(日蓮宗開祖)など著名な僧が若き日に修業を行った場所。


    

 延暦寺の寺号は最澄の死を惜しんだ嵯峨天皇が寺号として授けてから、延暦寺と呼ばれるようになった。延暦は桓武天皇時代782〜806年に付けられた年号で、年号を寺号にしたのはこれが始めて。
 その延暦寺は次第に僧兵武力が強まり、時の権力者に対峙するようになる。武家勢力が台頭して、足利幕府や織田信長らによって焼き討ちを受けるが、豊臣・徳川時代に入って僧坊が復活し始め、徳川三代将軍家光によって現在の根本中堂が再建された。







 
御室 仁和寺 <2011.4.17>

    

 京都市右京区御室にある仁和寺。真言宗御室派の総本山。
 光孝天皇の勅願寺で宇多天皇の時に落成(888年)。宇多天皇が出家後、境内に僧坊を建て住んだことから御室御所と呼ばれ、御室が別名となった。以来、江戸末期まで皇室とゆかりのある門跡寺院の筆頭であった。建物も御所風の建築様式を残してきたが応仁の乱で全焼。
 徳川幕府の前期に再建された時、御所の建て替えにともない旧御所紫宸殿から移設された。


    

 御室桜は遅咲き、背丈が2〜3mと低いのが特徴。江戸時代は八重桜であったとされるが、今ではほとんどが一重桜に変ってしまったらしい。
 背丈が低い原因は、地中が粘土質で養分や酸素を吸収しにくいためといわれている。200本程と本数はそんなに多くないが、桜の上から五重塔が覗く景色が人気のスポットとなっている。
 桜の名所であるが、御室桜とほぼ同時期に咲く三つ葉ツツジ、緑の苔とのコントラストがひときわ美しさを引き立てている。







 
伊吹山 <2010.8.28>

 滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山、山頂部は滋賀県最高峰(1377m)。独立峰。
 西武グループが開発したスキー場があったが、南斜面のため着雪量が少なく2009年(H21)閉鎖。ところが、山頂の積雪量記録11.8m(1927年2月)、1日の降雪量2.3m(1975年1月)の世界記録は今も破られていない。当時は「日本海寒気団収束帯(JPCZ)」の気象用語は存在しないが、若狭湾に近い日本海で発生したJPCZの影響で大雪になったと思われる。

     

 1964年(S40)にドライブウェイが開通して山頂付近の草原植物群、赤いシモツケソウや固有品種のコイブキアザミなど300種の高山植物が咲く。
 9合目のドライブウェイ駐車場から山頂まで高度差130m、40分もかからないが、高山植物のお花畑をゆっくり1時間以上かけて山頂に。周りに高い山がないため全方向の景色が見渡せる。

 山頂に日本武尊の石像がある。日本神話では東征を終えた日本武尊(11代景行天皇の皇子)は、携えていた神剣(天叢雲剣)を妃に預けて、伊吹山で荒ぶる神を鎮めるため出立する。しかし、荒神の大雨氷に討たれて遭難、醒ヶ井の清水の居醒で一旦、正気を取り戻すが伊勢に戻る途中に亡くなる。
 山頂には弥勒菩薩、観音菩薩堂や伊吹山大明神が祀られ、古くから山岳宗教と密教が結び付いていた。







 芥川 鯉ぼりフェスタ
 
高槻 <2009.5.5>

    

 大阪府の北部、高槻市の真ん中を流れる芥川の桜堤公園で鯉が泳ぐ。5月5日には恒例の鯉のぼりフェスタが催される。高槻に住んでいた頃はよく訪れた。
 快晴の鯉のぼり日和となって久しぶりに来てみた。
子供の日とあって、会場の芥川河川敷公園は多くの家族連れで賑わっている。地元の幼稚園児や小学校生の手作り鯉のぼりなど、色とりどり千匹程が芥川の上空を勢いよく泳ぐ。河原の満開の菜の花が色を添える。






 灘黒岩水仙郷 淡路島 <2009.2.5>

    


 大阪から3時間。淡路島最南端、紀伊水道を臨む諭鶴羽山(ユズルハサン)南斜面に、500万本もの野生の水仙が咲く。越前海岸、房総半島と共に日本三大水仙群生地とされている。
 早春のやわらかい陽射しにレモンイエローの花が映える。潮風に揺れて、甘い香りが漂う斜面遊歩道の展望台からの海と水仙郷の眺望がよい。







 鳴門の渦潮 
<2008.5.20>

 徳島県鳴門と淡路島の間にある鳴門海峡。大鳴門橋の下では最速20キロ以上の流速、最大直径20mもの渦潮になる。メッシーナ海峡(イタリア)、セイモア海峡(カナダ)と並ぶ世界三大潮流といわれる。
 鳴門亀浦港から観潮船に乗って渦潮見物。大潮で干潮の12時に合わせて予約した。

    

 渦を巻きながら激しく流れる渦潮の発生は色々な条件が重なった時に最大になる。
 太陽・月・地球が一直線上に並び、太陽と月の引力に地球の回転遠心力が相乗された時、海面が最も引き上げられて潮位が高くなるのが大潮。少しタイムラグがあるため、大潮は満月より2日程遅れる。

 渦は紀伊水道と播磨灘の海水の干満差が大きく影響する。
 太平洋の紀伊水道から満ちてきた潮は、淡路島の西と東に分流する。西は鳴門海峡から瀬戸内海に向かう。もう一方の東は、大阪湾からぐるっと遠回りに明石海峡を越えて瀬戸内海に流れる。干潮周期潮は1日4回、6時間ごと。瀬戸内海が満潮に達した時、既に紀伊水道では干潮期を迎える。
 このため、鳴門海峡を境に満潮になって海面が大きく膨らんだ瀬戸内海と、干潮の紀伊水道の間で最大1.5m以上の高低差になり、瀬戸内海の海水は一挙の紀伊水道に排出される。
 鳴門海峡の海峡幅は1.5キロと狭く、水深が100mある。水流抵抗のない中央部の流れは早く、抵抗の大きい両岸は流れが遅いため、渦は速い流れに巻き込まれるように発生する。この渦潮の発生原理は大鳴門橋記念館で詳しく知ることができる。







 
乙訓寺の牡丹 長岡京 <2007.5.5>

     

 聖徳太子が建立したと伝わる観音寺。後に桓武天皇が長岡京に遷都した頃には、京都七大寺の筆頭として隆盛を極めた。一時期には空海(弘法大師)が別当として在住している。
 その頃、空海とともに日本仏教史を代表する最澄(伝教大師)が乙訓寺を訪れ、空海と仏教論を熱く交わしている。後に、密教に対する考え方の違いから空海は真言宗、最澄は天台宗を開祖することになる。
 昭和初期の室戸台風で大きな被害を受けた牡丹は絶滅するが、本山の大和長谷寺から支援を受けて2000株まで増え、境内を美しく彩るようになった。日除よけの番傘が風流。

   







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