表紙に戻る

      -ちょっとおでかけ-

      梅 林 ( 桃 )  

月ヶ瀬梅林 中山寺梅林 北野天満宮 阿智 花桃の里
大阪城桃園 大阪城梅林 鎌倉 禅寺の梅 城南宮の枝垂れ梅 
千里 万博記念公園  

  梅は7世紀、遣隋使や遣唐使によって日本にもたらさたと伝わる。厳しい寒さの中、百花に魁て花を開き清楚に香る。梅の花芽は一節に一個しか付けない。桃や桜に比べて開花時の華やかさは少ないが、そのおくゆかしさは多くの詩歌に詠まれてきた。  

千里 万博記念公園

 <2025.3.10>
   

 好天気に恵まれて千里万博記念公園の梅林に行ってみた。午前中の大阪城梅林は外国人も多く相当混雑していたが、万博梅林の規模は小ぶり、人出でもそんなに多くない。ほんのり梅の香りがするが、メジロは見かけず、撮るポイントも少ないちょっと期待外。万博記念公園は桜の方がよいかも知れない。






阿智 花桃の里 <長野>  

 <2022.4.23>
    

 長野県最南端、阿智村は日本最大の花桃の里。相当以前になるが妻が見物してきた。帰って開口一番「綺麗だった!」と聞いて、いつか訪れたいと思っていた。
 桜が咲き終える頃、南木曽妻籠から伊那飯田を結ぶ約40キロの国道は花桃街道になる。その途中の昼神温泉と月川温泉を中心に約1万本。中でも月川温泉は最も多く5千本程が咲く。八重の赤、ピンク、白の三色混合、桜よりボリュームがあり華やかさがある。
 大正時代に福沢諭吉の娘婿が、ドイツから観賞用として持ち帰った3本の原木が木曽地方で広まり、昭和初期に阿智村でも植えられたと聞く。
 名古屋9時の高速バス。晴天の土曜日で中央自動車道恵那山トンネル中程から10キロ以上の渋滞。1.5時間の予定が3.5時間。園原バス停で下車、渋滞する車を尻目に2キロ程歩いて13時着。期待したビューポイントは、順光の午前中に着きたかったが既に逆光、青空が色抜けた写真になったため没。
 予定していた富士見台ロープウェイ、駒つなぎの桜などにも行けなかった。帰る時間帯になってもまだ渋滞。名古屋行の帰りのバスも1時間遅れで到着。帰宅は21時を過ぎていた。






鎌倉 禅寺の梅 

 <2017.2.22>
 武家と禅宗文化の発祥地、鎌倉を訪れた。臨済宗鎌倉五山、建長寺は鶴岡八幡宮から巨福呂(コブクロ)切通しと呼ばれる峠を越えるとすぐ、境内に白梅が咲く。
 北上して北鎌倉駅に近い円覚寺は紅梅。どちらも壮大なたたずまい、禅寺らしく落ち着きがある。
 建長寺は鎌倉幕府五代執権 北条時頼によって創建され、鎌倉幕府の官寺と位置づけられていた。
 これに対して、円覚寺は八代執権 北条時宗が元寇の戦没者の追悼と、自身の精神的支柱である禅道を広めるために創建した私的寺院とされる。建長寺が鎌倉五山の一位。円覚寺は二位となっている。


      

 北鎌倉の静観な住宅地の奥にあるのが明月院境内や参道を覆う2m近い紫陽花が有名。別名を紫陽花寺と呼ばれ6月は賑わう。この時季は蝋梅の香りが漂い、方丈の円窓からのぞく梅は禅寺らしい雰囲気を醸し出している。
 長谷寺は四季折々の花の名所。梅の他に椿や早咲きの河津桜が咲く。奈良長谷寺の観音像と同じ楠から作られたと伝えられる9mもの十一面観音が本尊。

   






城南宮 枝垂れ梅 <京都>

 <2010.3.5>
       

 平安遷都の際、都の安泰と南方の守護神として創建されたのが城南宮。
 平安時代の後期にはこの近くに白河上皇が鳥羽離宮を造営した。その周辺に貴族の邸宅なども建ち並んで白河、鳥羽、後白河、後鳥羽上皇と続く院政の拠点となった。
 また、熊野詣の出立点の精進所として、身を清め道中の安全を祈願した場所。現在は方除けや建築の神さまとして知られる。


 境内の庭園は源氏物語に描かれた光源氏の邸宅をモデルにしたと伝わる。毎年、平安貴族の歌会遊びを再現した「曲水の宴」が行われる。
 薄紅色の梅や白梅がシャワーのように降りそそぐ枝垂れ梅と乙女椿の名所。しだれ梅とビロードのような緑の苔、真っ赤な落ち椿が際立つ。
 この日は読売テレビの中継車が来て、夕方のニュースで放映された。






大阪城 梅林

 -羽ばたくメジロ- <2025.3.10>
 寒さのため半月近く開花が遅れ、ようやく見頃になった。何年ぶりかで大阪城梅林に行った。朝はまだ寒いが日中はこの日からようやく平年並みに暖かくなった。
 梅の香りが漂う梅林、蜜を求めてメジロが飛び交う。キュートな白い目、花から花へ忙しく飛び回る。一瞬たりともじっとしていないから撮るのは至難。数撃てばあたる方式で連射した中で羽ばたくメジロが初めて撮れた。10年以上も前に同じ大阪城梅林でメジロを撮って以来の快挙。ちょっとピントが甘いが記録に残したい。それにしても、外国人の多さに驚く。

    


 
-雪中梅- <2014.2.14>
 自宅から遠くはない大阪城梅林。何度か訪れているが、雪景色になることはまれ。そんな中、数年ぶりに待ち望んだ積雪。白い雪に包まれて一段と紅梅が映える。

          


 -メジロ- <2013.2.28>
          

 晴天無風の暖かい日。メジロが飛んできているかも知れないと望遠レンズを持ってきた。
 メジメは忙しく花の蜜を吸っている。おちつきのない鳥で動きが早いから撮るのに苦労するが、青空を背景に梅とメジロ。近年一番の写真かも知れない。

   


 -孫- <2012.3.11>
  

 寒かった今年、大阪の1月と2月の積算温度は1996年と2000年以来、三番目の低さであった。3月に入って平年並みに戻ったが、大阪城梅林の開花は大幅に遅れている。
 例年だとピークを過ぎる頃になって満開を迎えた。1本の木にピンクと白い花が混合、一輪の花弁の中でもピンクと白が入り混じる「思いのまま」と呼ばれる梅は、福を招くと言われている。歩けるようになった孫、紅梅と一緒に被写体の仲間入り。


 -遠景- <2010.2.25>
    

 大阪城公園東側の梅林には100品種1300本近い梅が植えられている。
 大阪城をバックに梅林全体が一望できるベストポジションであった玉造口の「うめみ坂」は、石垣保護のため立ち入り禁止、閉鎖された。
 しょうがないから西側の「雁木坂」から撮るが、ここからだと大阪城ではなく、大阪ビジネスパークのビル群が背景となるため、圧迫感と奥行きが浅くなる。






大阪城 桃園 

 <2011.3.28>
 大阪城の梅林はよく知られているが、大阪城外堀の北側、桃園はあまり知られていない。
 旧三の丸跡の一画、決して広くはないが200本程の色とりどりの桃が咲く。梅が咲き終え桜が咲くまでのつなぎをしてくれる。


   






北野天満宮 <京都>

 <2011.2.25>
      

 北野天満宮は朝廷によって菅原道真を祀る社殿として造営された。
 一条天皇より「北野天満宮天神」の神号が贈られたのは道真
が亡くなって84年も後の987年。以後、朝廷や藤原家、足利
将軍家、豊臣家などの加護を受けた。江戸時代に入って学問の神様として広く信仰されるようになった。

 現在の社殿は豊臣秀頼の造営とされる。天神さんの神文は菅原道真がこよなく愛した梅。境内には50種、約2000本の梅が植わる。香りに誘われ多くの参拝客が訪れている。
 この日は菅原道真の命日。神前に梅の花を供える梅花祭が行われ、本殿では雅楽が鳴り響く。境内では舞子、芸奴さらがお点前を奉納する野点茶会が行われた。





中山寺 梅林 <宝塚>

 <2007.3.13>
 聖徳太子が建立した観音寺。中山の観音さんとして広く親しまれている西国33所の観音霊場。安産の祈願所として知られ、妻はここで祈禱を受けた腹帯をしていた。
 この寺の境内奥、観音公園に千本程の梅林が広がる。これまでの梅林とは少し趣きが異なり、小山の斜面を利用した庭園風の造りとなっていて、観音銅像や鳥居が立ち、梅林を回遊できるようになっている。

   






月ヶ瀬梅林 <奈良>

 <2006.3.15>
 奈良県の北東部、名張川の月ヶ瀬渓谷に約1万本の紅白の梅が咲く。
 高槻の自宅から約80キロ2時間半、名阪国道五月橋ICから4キロ程。赤い月ヶ瀬橋を渡り行政センターに車を置いて坂道を登るとビュースポットの一目八景や、名張川を望む帆浦の梅林が広がる。
 全国から集めた約40種類300本近くある梅品種公園など、ほんのり梅の香りがする長閑な山岳傾斜地の山村、観梅道を一周。梅の物産館で梅うどん定食、妻はシソ巻の月ヶ瀬漬を買った。

   







                                           表紙に戻る