■<2025年>

ドキメンタリ-映画&南海ホークス展

あっぱれ!日本一

最下位からのV2

南海&ソフトバンク
大阪主催試合



■<2024年
>

予想外の大敗北

優勝胴上げ観戦


鷹の祭典-白のキセキ

FAの不祥事


■<2023年
>

100勝が!終わってみれば71勝大惨敗

鷹の祭典は災典

8年ぶり勝ち試合



■<2022年>

同率首位で2位


■<2021年>

4位工藤辞任 藤本新監督


■<2020年>

2年連続 巨人を完全粉砕

パリーグ制覇


■<20019年>

痛快 巨人打倒で日本一

怪我人多発投打崩壊 非常事態宣言


■<2018年>

驚きの血の入れ替え

傷だらけの連続日本一

14年越しの雪辱 2位から日本シリーズ


■<2017年>

日本一

リーグ最速優勝

過酷日程すぎる鷹の祭祭典


■<2016年>

屈辱の今シーズン

怒り心頭 鷹の祭典は貧打の祭典


■<2015年>

圧倒的戦力

2年連続日本一

今年も大阪で鷹の祭典

懐かしい緑のユニフォーム 南海ホークス復活



■<2014年>

工藤監督誕生

全員野球で日本一

劇的 最終戦でリーグ優勝


■<2013年>

日本一 楽天の健闘を讃える

野村 36年ぶりにホークスのユニホーム

内密に飛ぶボールに変える暴挙


■<2012年>

3位 小久保引退


■<2011年>

日本シリーズ制覇-8年ぶり悲願の日本一

Y球団のお家騒動

CS呪縛を解いて日本シリーズへ

南海ホークスの思い出を訪ねて


プロ野球開幕の混乱


<2010年>

7年ぶりの優勝

南海ホークスの思い出

アンチ巨人

杉浦と野村









  表紙に戻る  

ホークス について気ままに 

                             南海からダイエー、ソフトバンクにと変わったが、大阪球場があった
                             古きよき時代からどん底の南海ホークスやダイエーホークスを知る。
                             負けたらボヤク、勝っても苦言・・・気ままに綴るオールドファン。

                      

-2025年-  
日本一感動のドキメンタリ―映画 & 南海ホークス展 <2025.12.28>

 難波に南海ホークスが帰ってきた。
 最下位スタートから日本一になったソフトバンクホークス。2025年の激闘をドラマ化した映画が、大阪球場の跡地にある難波パークスシネマで上映されている。最前列しか席がないほどの満員。
 隣の難波高島屋の特設会場では、南海電鉄140周年、昭和100年、ホークス日本一などを記念した「南海ホークス展」が開催されている。
 1938年創設、かつては鶴岡、杉浦、野村など歴史に刻む名選手を生んで日本一2回、リーグ優勝11回の名門球団。晩年は最下位争いをしたが、1988年10月の本拠地大阪球場での試合を最後に幕を閉じた。
 この時の最終戦の模様や、数々の名勝負、日本一になった「涙の御堂筋パレード」。故鶴岡、杉浦氏の解説映像など懐かしい場面がスクリーンに映る。200枚もの写真展、選手アイテム、グッズなども展示。どの会場も大盛況、今なお潜在的なファンが多くいる。




あっぱれ!日本一 <2025.10.31>

         

 ポストシーズンに入ってからも今宮が負傷、4番中村も入院する事態。手術明け復帰の近藤、肋骨を骨折していた周東など満身創痍、終始満足な状態ではない中の第5戦、敗戦濃厚の終盤からの反撃。セリーグを圧勝してきたの阪神有利説を見事に粉砕、4勝1敗で日本一を奪還した。
 昨年、日本シリーズの失敗を糧に思い切った積極采配。勝率1位の大関投手を使わなかった、首位打者の牧原に代打、主砲の山川を先発メンバーから外す、シーズン中とは違う投手リレーなど、その時々の選手の調子を見極めた采配で、短期戦に弱いとされた小久保評判を見事に覆した。
 今シーズンは最下位スタートから全員の力で勝ち取った日本一。練習量も日本一、選手層の厚さ、組織力。パリーグのレベルの高さを改めて知らしめた結果になった。




最下位スタートからのV2 <2025.10.20>

 「どこかに救済の神仏がいないのか?」と思う程、満身創痍、野戦病院化の惨状。
 開幕からポストシーズンまで主力のケガ脱離が続出。ケガの半分以上が相手投手からの四球による被害。飛車角、金銀どころか桂馬香車も欠いて最下位に低迷位。今年は早々と諦めていた。
 ところが、控えの中堅や2軍で調子のよい選手を日替わり抜擢。投手の再構築。メンタルコーチや長谷川スキルコーチの補強などで徐々に反撃。6月交流戦優勝後、7月Aクラス入り。8月首位。終始ベストメンバーが揃わず、最下位からの優勝は史上初の快挙らしい。
 反撃のきっかけは5月。敗けが決定的な9回2アウトから、逆転サヨナラ打で6連敗を防いだスーパーサブ川瀬晃と、ベテラン中村晃。特に中村は山川の獲得で出場機会が激減、引退を球団に伝えていた中で、小久保監督から代打専任を要請されていた。ところが負傷者続出で4番不在となって、監督から先発4番を懇願された。納得できなかったが、監督の目に光るモノを感じて腹を決めたという。この2人の晃は「影のMVP」。

         
        
 小久保監督               川瀬晃                中村晃

 ポストシーズンでも日ハムと死闘。CS3連勝(アドバンテージ1)の王手から、まさかの3連敗で日ハムが逆王手。終始ベストメンバーが揃わない中で代役4番の中村までもが審判員と激突、負傷入院。投手も打線も勢いは圧倒的に日ハム。ほぼ敗けると思った最終戦。MVP投手モイネロの気迫と、再び川瀬晃の執念のV打。歴史的大接戦で日本シリーズ進出を決めた。
 しかし、CSが7戦までの死闘になて日本シリーズは4日後に迫っている。阪神はベストメンバー、余裕の完全進出、休養十分に対して、ホークスはこの機に及んでも負傷者が相次いでいる。
 昨年の日本シリーズは2連勝したがその後、慢心から4連敗で日本一を逃している。実力はホークスが勝るが、オーソドックスすぎる小久保采配は、短期戦に弱いとされる評判を覆せるか。




南海&ソフトバンク 大阪主催試合 <2025.5.13>

 京セラドーム大阪で行われる年に一度のホークス主催試合。今年は南海電鉄創業140周年と、ソフトバンクホークス誕生20周年を記念して、初めて南海とソフトバンクが共催する試合になった。
 開幕前から主力選手のケガが続き大量リタイアで誰もが予想しなかった最下位。
 控えと2軍選手が中心のため、でかけるのは気が重かったが、試合前のエベントで南海、ダイエー時代の映像が流されたり、懐かしい往年の選手紹介、レプリカユニフォームや記念品が配布されたり、あまり期待しなかった試合も勝ってオールドファンを喜ばせてくれた。





-2024年- 
予想外の大敗北 <2024.11.4>

 誰も楽勝と思っていた。予想外の大敗は気の緩みと、厳しすぎる締め付け、短期決戦が不得意な小久保采配「3つ負けられる」はないだろう。村上バカCの舌禍発言も酷いが。ファンの指笛妨害、なとから流れが変わり、主力の近藤、柳田の飛車・角の負傷脱落が致命傷になった。

 13G差、貯金44の圧倒的な強さで断トツ首位。セリーグでも巨人と8G差の横浜、5割ギリギリ3位すべ込み。これで日本一と言えるのか?1年143試合をした意味が全くない。大リーグのプレーオフは理解できるが、12球団しかな日本では不要な制度。日本一と言えるのはパとセの1位同士が戦った時しかない。

 -和田電撃引退- 相次ぐ労い報道
 22年間の選手生活、44歳を目前にして引退発表。最後のダイエー戦士、最後の松阪世代も「身体ボロボロ、痛み止め注射」。プロテクト騒動で不本意な報道をされたこともあり、一部幹部だけで極秘にされていた。
 大切な公式戦を自分のためだけの引退試合にしたくない、自分のために優勝ではなく、優勝は全員でつかむものとして固辞。人柄の良い和田、自主トレには毎年他球団からも多くの選手が志願する。社会活動にも熱心、各方面から引退を惜しむ、ねぎらいの報道が続く。
 今年の京セラドーム大阪、鷹の祭典で先発勝利の姿が見納めとなった。指導者として再帰を望む。




優勝胴上げ観戦-京セラドーム大阪- <2024.9.23>

 3年間も待ちに待ったリーグ優勝。
 これまで優勝シーンはテレビで何度か観てきたが、実観戦の優勝胴上げは初めて。しかも、南海ホークス発祥地の大阪で1965年の優勝胴上げ以来、69年ぶりとなる里帰り優勝胴上げが敵対する京セラドーム大阪でこの日、奇跡的に実現した。
 超満員で外野最上段席からしか観れなかったが、総立ち湧き上がる大歓声の中をホークスファンと一緒に何度も万歳三唱した。

 松葉杖の首位打者、近藤の姿が痛々しい。
 課題の「勝ちながら若手育成」は、1・2軍の活性化と競争意識で、育成から支配下登録された「育成三銃士+5」、「慶応三兄弟」らが活躍。1軍初出場初勝利、初本塁打、初打点などを記録。若手の底上げと前半の貯金で凌いでリーグ制覇。
 しかし、ポストシーズンが思いやられる。打線の中核、近藤、柳田らが復帰できるかどうか。投手も終盤にきて故障者が続き、先発、中継ぎ、クローザーとも揃わないのは大きな懸念材料となっている。




鷹の祭典から白のキセキ <2024.5.25>

 近年の「鷹の祭典」は勝った試合を観たことがない、昨年は9連敗で「怒りの災典」であった。
 この祭典が始まって20年の節目。今年は最初に使用された白いユニホームを復刻、「白のキセキ」として年に1度の京セラドーム大阪での主催試合。
 前日、福岡で21対0の勢いをそのままに、10対0で大勝。奇跡的に20年前のスタート時も、この日と同じ和田投手が先発。白に染まって盛り上がった何年ぶりかの楽勝観戦となった。
 配布されたレプリカユニフォームを着用したまま意気揚々と帰宅。ところがその後、3連敗で昨年の忌まわしい大失速が頭によぎる。




FAの不祥事 <2024.1.11>

 10日早朝、日刊スポーツ電子版で「西武が山川FAの人的補償とした和田投手を指名する方向、一両日中に発表」で、びっくりして飛び起きた。昨年の松田に続く功労者切である。
 まさか、応援するレジェント和田がプロテクト外し?昨年から小久保監督は和田の開幕ローテを明言している。1月3日にも同様の発言をしたばかり。和田本人だけではなく誰もが、生涯ホークで指導者として残ると信じていた。夕方「余りにも反響が大きく、両球団が協議して甲斐野投手に変更した」と発表されて、再びSNSは大炎上した。「和田引退決意」「甲斐野はプロテクトされていた」「ルール違反」「他に三森のプロテクト外し露呈」「反対の多い山川を無理に取るから」「和田は触れたくない」などと大荒になった。
 球団フロントは43歳の和田は獲られるはずがないとしてプロテクトしなかったが、西武は何かの意図で和田を指名。困った球団は西武と裏交渉をした可能性が高い。数々のルール破りや不手際をしてきた巨人を反面教師にしたはずではないのか。






-2023年- 
100勝する!終わってみれば71勝の大惨敗 <2023.10.1.>

 1位オリっクスと15.5ゲーム差の圧倒的大差で3位。外人3人でホームラン1本は記録的珍事。
 ドラフト失敗。強権的フロント主導で監督・コーチ・選手・ファン間の不協和音。ガバナンス破綻、采配の混乱。エース千賀が抜けた穴が埋まらず、中堅、若手投手が全く期待外れ。支配下登録枠不足、育成のモチベーション低下で若手成長を阻害など。藤本監督は責任だけ取らされた。




鷹の祭典は怒りの災典 <2023.7.30>

 4連敗中の7月10日、大阪での鷹の祭典。東京から始まった祭典は今年も●スタート。それでもまさか連敗はないだろうと京セラドーム大阪にでかけた。きれいなエメラルドグリーン一色に埋まって満員御礼。しかし、昨年と同じ貧打の災典。
 お祓いまでしたと言うが、その効果は全くなし。福岡から移動日の7連戦目の試合。派手なセレモニーは盛り上がったが、変則日程に選手の動きは鈍く今節初の5連敗で首位陥落。
 この京セラドームから1週間後、初期ダイエーの暗黒時代以来33年ぶり3カード連続3タテ●●● ●●● ●●●9連敗。さらに、54年ぶりの12連敗まで延びてようやく止まった。鷹の災典は8連敗、昨年から11連敗。もう鷹の災典は止めた方がよい。
 誤審から始まったが、運もツキもにも見放された。フロント戦略、ドラフト、育成の失敗、監督、コーチの采配、指導も不可解。選手の育成には長けていたが戦略的指揮官としては経験不足。残り60試合、今年も奪還は絶望的になった。




8年ぶり勝ち試合観戦 <2023.4.5>

 開幕早々、京セラドーム大阪で因縁のオリックスとの首位対決となった。
 近年の京セラドームでは5勝21敗、鬼門中の鬼門。2015年7月に勝ち試合を観戦して以来、その後に観戦した9試合全て負けている場所。
 今年はエース千賀が大リーグに行って抜けたが、FA補強の近藤、栗原が大ケガから復帰。課題の投手の四球病は、OBのエース斎藤を投手コーチに迎えた。
 今年こそ鬼門打破を祈念してでかけた。期待通り近藤、栗原らの活躍で5対0。8年ぶりの勝ち試合が観戦。毎年春先はよいが、暑くなると失速するから油断はできない。





-2022年- 
同率首位の2位 <2022.10.20>

 オリックスと同率首位ながら、オリックス戦に負け越したため2位となってしまった。
 7年ぶりに京セラドーム大阪で観戦したが、観戦した3試合全て負けた。プレイオフも含めて京セラドームでは3勝12敗。この結果が全てを物語っている。京セラドームは何故か鬼門、勝てない。
 開幕早々から主力選手の大ケガが続出、集団コロナ感染にもかかわらず、昨年の4位から同率首位までこれたのは、2軍の「筑後ホークス」と呼ばれた若手が活躍。しかし、終盤は不運な連戦と移動に泣かされ疲労困憊。
 藤本新監督には、勝ちながら若手を育て、世代交代を果たすことが求められてきたが、同じ課題を抱えている原巨人は5位に沈んでいる。勝ちながら若手育成、世代交代は簡単ではない。





-2021年- 
4位低迷 工藤辞任 藤本新監督 <2021.11.1>

 今年はホークス観戦も野球も一度も触れなかった。こんな年は始めて。セパ共に前年度最下位球団(オリックス、ヤクロト)が優勝するのも始めて。誰も予想しなかった。
 王会長と懇意の小久保を次期監督候補としてヘッドCに迎えた。成熟した選手達の自主性を尊重した工藤監督は一歩引いて、小久保HCに指揮権を譲った。おそらくこの時点で良くも悪くも辞任を決めていたと思う。
 厳しすぎた小久保強権の失敗、終始投打の中心のケガ、五輪、コロナなどの影響も受けて9年ぶりに負け越しBクラスに転落した。

 工藤監督、就任7年で5度の日本一、4連覇中であった。孫オーナーの信頼は厚く来シーズンも要請されたが辞任。千葉での最終戦。大雨の中、傘もささずに孫オーナーが駆けつける異例の見送りとなった。

 新体制は藤本2軍監督が昇格する。生粋の大阪泉州のオッサン。南海、ダイエーホークスからの選手が監督になるのは杉浦以来32年ぶり。選手時代、試合前にベンチ裏で将棋をしていた伝説の人。
 引退後は念願であった居酒屋を経営後、ソフトバンクの1、2、3軍のコーチや2、3軍の監督をして全選手を知り尽くしている。主力の高齢化、世代交代期で立て直しは至難。どれだけやれるか期待と不安が混在する。






-2020年-  
日本一 2年連続巨人を完全粉砕 <2020.11.25>

 今年も巨人との日本シリーズとなった。
 セリーグで9月上旬にマジック点灯して圧倒的に強かった巨人。その巨人との初戦、セリーグ開幕12連勝の記録を達成したエース菅野と対決したが難なくKO。
 第2戦は巨人が繰り出す投手を滅多打ち、レギュラーを下げて控え選手をだして13-2で圧勝。第3戦は巨人打線をノーヒット寸前。第4戦も制して昨年から負けなし8連勝。圧倒的な力の差を見せつけた。

 ホークスの各打者のバットスイングは鋭く力強い。動きの俊敏さや意識も各段に違う。投手陣は決して好調ではなかったにもかかわらず、4試合の総得点はホークス26点対巨人4点と大差。昨年の日本シリースでも26点対10点と実力差の違いを見せている。
 ダルビッシュ有はパワーやスイングの速さを指摘。横浜ラミレス監督はセパは5年の差があると。パリーグの投手は150キロはあたりまえ。巨人の各打者はパリーグ最下位のオリックスの投手でも打てないと思う。




パリーグ制覇 <2020.11.5>

 今年はパリーグ制覇と4年連続日本一が至上命令である。しかし、新型コロナウイルスの影響で十分な練習ができず、調整が非常に難し中、開幕も大幅に遅れ、無観客の開幕戦が6月19日から始まった。ゼパ交流戦やオールスター戦は中止など異例ずくめ。
 ところが昨年に続きロッテに大幅に負け越して、10月始めゲーム差なしまで迫られたが、そこからスイッチが入った。破竹の13連勝。一方、ロッテは複数の主力選手の違反外食によるコロナ感染から失速。わずか5日間に5ゲーム差、気が付けば13ゲーム差の圧倒的な差でパリーグを制覇した。
 内野の要となる今宮、DHのデスパ、高谷捕手などの主力を欠いたが、控え選手の層の厚さと周東、栗原などの新戦力が台頭した。昨年、最下位の楽天をCSまで導いたにもかかわらず、解任された平石監督を野手総合・打撃コーチとして招へいして栗原らの若手を成長させた。控えの川島を初めて4番に起用する斬新な提案など、選手の補強以上の大きな成果をもたらした。
 コロナの影響で胴上げや恒例のビールかけもない寂しい祝勝会。応援観戦に行く余裕もなく、これまで最も記載記録が少ない異例の年でもあった。





-2019年- 
痛快 巨人打倒で日本一 <2019.10.24>

 大嫌いな巨人の体質と自画自賛・迷采配の原を完璧に倒した日本一は痛快である。
 1980年(S55)からどん底の20年間。福岡移転後、故根本監督(GM)と王会長が掲げた「打倒巨人」を遂に果たした。この2人を中心にダイエー、ソフトバンクが弱いホークスを強くした。
 60年前(1959年)、南海ホークス時代の日本シリーズで杉浦の4連投4連勝で巨人を破って以来の快挙である。19年前(2000年)のON対決では先に2勝しながら球団の不手際で変則日程を強いられ、その後は4連敗した。この時の王監督の悔しさは計り知れない。
 それからのホークス、10年間に日本一6回、セリーグ6球団を完全制覇、3連覇。7年連続でパリーグが日本一になっている。交流戦も含めて球界の盟主はパリーグとホークスに変わった。

         

 しかしながら、西武に敗れて2位からプレイオフで逆転勝ちしての日本シリーズ出場である。
 終始首位にありながら、最後の最後で陥落したから腹立たしかった。ホームランは12球団トップにもかかわらず得点力が低い。四球数がリーグ最低。特に1番の出塁率が低く早打ち「選球眼がないから粘れない、早打ちするしかない」という牧原を1番で使うベンチの責任。ケガ防止と言いながら急増。投手の使い方は過酷すぎる。エラーが増加したのは鳥越コーチをロッテ引き抜かれた影響が大きい。
 そんな中、シーズン中とは異なる思い切った非情采配。バッテリーの徹底したインコース攻め。偽装スクイズなどで相手を翻弄。原の迷采配に付け込み無傷の4連勝で圧倒した。
 それにしても、読売テレビやセリーグしか知らない解説者達の巨人擁護、偏った放送は観るに堪えない。球界の盟主、球界の紳士たれと言うのであれば、ライバルチームの主力選手を獲り、セリーグのレベルを下げて勝つのではなく、自前選手の育成、球団自身のスキャンダルやモラルを正すべきである。




怪我人増殖 打投崩壊の非常事態 <2019.9.10>

 伸び伸び野球の西武に2年連続1位を奪われた。後半戦スタート時は西武に8.5G差でトップ。独走かと思われたが史上空前の怪我と病人続発で内外野とも選手不足に陥り、選手のやりくりは火の車。2軍から補充で急場を凌いで、控えの捕手が外野を守る珍事。
 達川HC、藤井Cが退団して打撃指導能力が低下。ミスが多くなったのは鬼参謀の鳥越C、清水バッテリーCがロッテに引き抜かれたのが大き過ぎる。そのロッテに8勝17敗と大きく負け越している。
 しかし、意外なことに他球団はそう捉えていない。むしろ警戒感を強めているという。
 これまでは若手を起用したくてもできなかったが、主力の相次ぐ故障により若手が抜擢されるようになった。二軍や控え選手が一軍の出場機会を得て、内外野のユーティリティープレーヤーに成長、結果的にチームの底上げが成され、先が恐ろしいと言われている。





-2018年- 
驚きの血の入れ替え <2018.12.5>

 -大量戦力外通告で12億円のコストカット-
 球団史上最多のケガ人が発生して2位に終わった。しかし、敗者復活戦で日本シリーズに望んで、広島を降し連続日本一になった。驚いたことにその翌日、球団は達川ヘッド、水上、鳥越、清水、藤井コーチなどの退団と、大量の戦力外通告を発表した。
 先に引退を表明していた本多の他、一軍メンバーで日本シリーズにも出場した摂津、五十嵐、吉村、寺原、城所ら準主力組の他に、育成も含めると大量17人。12球団最多のリストラである。思い切った血の入れ替えで、推定年俸合計12億円ものコストカットになるらしいが、厳しい世界である。




傷だらけの連続日本一 <2018.11.4>

 2位の敗者復活戦からの日本シリーズ。セリーグの覇者広島に4勝1敗1分で日本シリーズ3連覇した。しかし、本当の日本一ではない。
①圧倒した守備力:走らせなかった甲斐キャノンが守りで育成初MVPの快挙。
②普段と違う異例の短期戦略:不振の主力に非情な采配。
③毎試合ケガ人続出も控えが完全カバー。
 プレイオフや日本シリーズでも毎日のようにケガ人がた。最大の分岐点は第5戦の死闘。取られては追いつく、逆転されても追いつくの二転三転の末、柳田がバットを折りながらのさよならホームランで3勝1敗1分。王手で敵地広島に移動。福岡での第5戦を落とすと2勝2敗1分でDH制のない敵地広島で3戦することになる。広島では1敗1分と勝てていない。この状況で異例の采配と強力な継投策。陰でサポートした王会長。ケガ人をカバーする選手が出てくる層の厚さ、総合力の高さが際立った。




14年越しの雪辱 2位から日本シリーズ <2018.10.20>

 プレーオフ制度が導入されたのは2004年。王監督のダイエー時代。シーズン1位ながらもプレーオフで2位の西武に敗れた。翌2005年も1位になりながら2位のロッテにプレーオフで敗退。秋山監督のソフトバンク時代の2010年も3位のロッテ相手に敗退した過去が3度もある。
 140試合を勝ち抜きながら、わずか7試合の再戦で下克上される悔しさを味わった当時の王、秋山監督や選手達。ファンの悔しさ。敗者復活戦に対する怒りもあった。その時の悔しさを、今年は西武が味わうことになった。
 ホークスにとって14年越の雪辱であるが、西武の前で派手なパフォーマンスを控えた大人の対応は素晴らしい。プレーオフの制度は12球団しかない日本にはなじまない。5割未達の球団が望める敗者復活戦は間違っている。日本シリーズには1年間140試合を勝ち抜いた1位チームだけが臨める制度にすべきである。





-2017年- 
日本一 <2017.11.5>

 ついにやった~! 横浜ベイスターズとの激闘を4勝2敗で制し2年ぶりに日本一を奪還した!

 主力選手が相次いで離脱するなど、決して楽な道のりではなかった今シーズン。王手をかけたのに、横浜でのまさかの連敗。福岡に帰って、追い詰められた状態から9回の土壇場で4番内川の同点ホームラン。サファテの気迫のこもった3インニング続投。延長11回には川島の劇的なサヨナラ打の日本一に大興奮。






リーグ最速優勝 <2017.9.17.>

 開幕前から誤算続き。3月のWBCに出場した選手達の故障や体調不良。開幕投手を務めた和田の長期離脱。特にWBCで無理したエース千賀や先発投手6人の半分以上が戦列を離れた。主力打者も次々と負傷。
 8月2日。京セラドーム大阪での試合前、球場の監督室にサファテが現れた。守護神は前日にサヨナラ弾を被弾。先発陣の早期降板が続き、報道陣を前にぶち切れていた。
 その後、投手陣だけが自発的に緊急懇親会を開いて状況が変化した。8月14日京セラドーム大阪「鷹の祭典」の応援観戦では惨敗したが、その翌日から快進撃が始まった。
 投手では東浜、石川、モイネロ。打者では甲斐や上林の若手に、川島、明石などの控えが活躍。わずか2週間程の間に2位から首位奪還、独走態勢でリーグ最速優勝した。





過酷日程すぎる 鷹の災典 <2017.8.14>

 年に一度の恒例。大阪での鷹の祭典。昨年、大逆転の煮え湯を飲まされた日ハム戦である。今年は白地に赤い縦ジマの専用ユニホーム。選手と同じレプリカを着用しての応援である。
 3万5千人のホークスファンで満員になったが、予想通り完敗した。
 9連戦を含む11泊12日の過酷なロード。ようやく福岡に帰っての日ハムとの3連戦。福岡で2戦して、休みなしに大阪に来て鷹の祭典、とんぼ返りで、また福岡に帰る。選手は疲労困ぱいで動きが悪すぎる。気の毒すぎる。
 こんなスケジュールを組むことがおかしい。鷹の祭典はよいが、選手のコンディションを全く無視した試合日程を組んで疲労させ続ける運営に問題がある。お祭りで満員にして儲けたいのか、いい試合をしてたくさん客を呼びたいのか。商品である選手の状態を悪くして成績を落とすとは本末転倒。これは「災典」である。





-2016年- 
屈辱の今シーズン <2016.10.5>

 相手投手や打者が嫌がることをもっとやるべきだ。11.5ゲーム差を逆転された悔しさが伝わってこなかった。大谷の快投というよりも、ホークスはお人好しすぎる。淡泊すぎる。真面目すぎる。

・日ハム田中の度重なる危険スライディングで川島が大ケガ。
   (日ハム、ロッテのように過激スライディングや死球を厭わぬえげつない厳しい攻めが不足)

・100勝、10連覇、メジャー挑戦など・・・調子に乗りすぎ。高額年俸にあぐらをかいた。
・ホームラを期待して球場を狭めたが、逆に投手の被ホームランが増加。
・経験不足の工藤監督の采配ミス。ヘッドコーチを置かなかった弊害。
・特に主砲柳田骨折。エース和田、名手今宮まで肘じん帯損傷の不運。




怒り心頭!鷹の祭典は貧打の祭典 <2016.8.18>

      

 年に一度、ホークス発祥地の大阪での鷹の祭典が今年も京セラドームで行われた。対戦相手は西武。
 6月末には11ゲーム差もあって、7月に早くもマジック点灯する直前にあったにもかかわらず連敗続きで-0.5ゲームの陳現象。
 この日、チャンピオンブルーに染まった京セラドームはホークスファンで超満員。しかし、この球場、昨年9月から敗け試合ばかり。7月観戦でも負けて勝ち試合を観たことがない。
 チケットを購入してしまっている。半ばあきらめ気味の冴えない気分で向かったが、予想通り「貧打の祭典」になって見事に連敗。青いユニフォームに八つ当たり。首位陥落も近い。





-2015年- 
圧倒的戦力 <2015.12.27>

 主力が抜けても変わりの選手が出現するほど選手層が厚いくなった。裏返せば主力選手のレギュラーの座は保証されていない。これまで不動の二塁手としてチームを牽引してきた本多は守備要員になった。そんな近年のソフトバンクホークスは球団一体となった取組が結実しつつある。
 それは、巨人を反面教師にしいることが王会長の言動からうかがえる。FA、外国人、トレード、ドラフトなど・・・巨人の失敗を分析。むやみやたらに他球団から有名選手を獲得するのではなく、指導者やスカウト陣を増強。中南米担当スカウトも新設した。2軍の下に3軍を設けてアマ・プロ・学生や海外との試合数を増やし、選手の育成を進めた。新しい選手育成の場となる施設建設の充実、筋肉疲労や身体ケアーなど機器設備を積極的に導入している。

 孫オーナーと王会長の存在も大きい。優勝時には必ず駆けつけて選手・裏方と一緒に喜びを分かち合う。野球への広い視野と情熱の王会長。周りにはに温かい。
 工藤新監督を迎えて練習の厳しさは増したが、徹底したコミュニケーションと配慮。一方的に指示するのではなく対話を重ねる中で、自分で考える力を持つことを説く。黄金時代の到来を感じさせる。
 巨人は、今年からホークスの育成法を取り入れ、3軍を創設するそうであるから、時代は変わった。

 -ファーム新本拠地、驚きの充実設備- 
 福岡県筑後市に建設中のファーム新本拠地が来年3月開業すると、選手育成は一段と強化される。
 雁の巣ファーム球場の3倍以上。ナイターも可能。42人の選手寮。クラブハウスには100人分のロッカー。広い屋内練習場、3千人収容のメーン球場はヤフードームと同規模の広さ。天然芝のサブグランドも完成する。
 この資金は、毎年50億円ものドーム球場の賃料支払いを改善するため、年金利0.9%の社債発行資金を作り、ドーム球場を850億円で取得したことから生まれた。社債の金利を差し引きしても、毎年40億円もの経営収支が改善されることになり、この余裕資金がファーム新拠点建設に充当された。




2年連続日本一 <2015.10.30>

      


 -投・攻・走・守 全てに圧倒 ヤクルトを寄せ付けず-
 キャプテン4番、内川は骨折で欠場。3番柳田は負傷している足と手の状態が悪い上、厳しい内角攻めに不振。5番松田は内川欠場と絶対優勝しなくてはならないプレッシャーが空回りした。
 主力の欠場と不審をカバーした脇役選手達の活躍が目立った。中でも明石、福田、川島らが素晴らしかった。MVPはデポであるが、陰のMVPは武田、バンデンハーグと摂津投手・細川捕手のバッテリ。
 監督はバッテリー会議を開かせヤクルトの主力打者対策を協議させた。そこで綿密なプランが練られた。最後まで、どのカウントで、何の球種がくるのか全く分からない配給をして、ヤクルトの各打者を翻弄させた。
 攻撃陣も先発投手は5回までに全試合KO。4勝1敗。点数差、勝敗差以上の実力差があった。

 -大阪観戦で胴上げ実現せず 福岡でリーグ優勝-
 優勝マジック2となった。9月15、16日京セラドーム大阪でオリックスとの2連戦。ホークス発祥地大阪で優勝胴上げが観られる可能性がある。
 期待を込めて2日続けてドームに行ったが1勝1敗、日ハムの結果待ちとなった。日ハムはまだ試合中である。残った1万人以上ものホークスファンが1時間スタンドで待機したが、願いは届かず舞台は福岡に移った。
 皮肉にもその翌日、福岡でリーグ優勝が決定した。ローテーションを崩して、大阪では2軍の東浜投手を引き上げてきた。ホークスの発祥地より地元での胴上げを優先した球団戦略に何かスッキリしない。

 -柳田 至難のトリプル3達成-
 打率0.367、HR32、盗塁29。至難の「トリプル3」に王手の柳田がヒットで出塁した。走れ走れの大コールが響く。相手マークが厳しい中、大声援を受けて30個目の盗塁を成功させた。ホークス選手、ファンが総立ち球場全体から大喝采がおきる。




今年も大阪で鷹の祭典 <2015.7.9>

 今年も南海ホークス発祥地、大阪でホークス主催試合「鷹の祭典」が行われた。
 平日の月曜日にもかかわらず3万6千の超満員。普段は直接観戦することがほとんどない東北楽天戦。ホークスファン全員に黄色いユニホームが配布され、京セラドームが黄色に染まった。盛りだくさんのイベントも行われ4-1の勝ち試合が観戦できたが、来年は南海カラーのグリーンにしてほしい。

           




懐かしい緑のユニフォーム 南海ホークス復活 <2015.5.3>

 南海ホークスのユニフォームや球団旗の緑は、南海電車の車体カラーに由来する。この鮮やかな若葉色が大好きである。
 5月1日からの3日間、京セラドーム大阪で32年ぶりに緑の南海カラーのユニフォームを着用した試合が行われている。その最終日に京セラドーム大阪に行った。3万7千人収容できる京セラドーム大阪で、これまで満員札止めになったのは初めてである。南海ホークスファンの潜在的な多さに改め驚いた。





-2014年- 
工藤監督誕生 <2014.11.3> 

 ホークスOBであり、選手としての実績も十分である。現役時代から卓越した野球理論には定評がある。筑波大大学院でトレーニングやコーチング理論を研究しているが、実際のコーチや監督を経験していないのが少し不安材料。
 背番号は秋山前監督の81を引き継いだ。監督の交代で同じ背番号を引き継いだ例は今までにない。
 特に期待されるのは、投手力のかさ上げ。2011年に主力投手3人が大量退団した負の遺産は今も残る。エース摂津の勤続疲労、後半復帰して優勝の立役者になった大隣も難病の後遺症が残っている。
 それに、ホークスの投手は四球が多い。連続四球で押し出しの恥ずかしい記録が何度かあった。また、これまでドラフト1位の即戦力投手は期待通りの活躍をしていない。12球団唯一の投手出身の監督に期待したい。

       

 -エピソード-

 (1) 試合中、ベンチからの配球指示に異論があってもサイン通り投げて、予想通り打たれたときにはベンチで理由を解説した。城島捕手の配給サインが不可解でも首を傾げながらその通り投げた。打たれてから、配給ミスの理由を説明して城島を正捕手に育てた。
 (2) 球団改革を訴える工藤に対して、球団トップの工藤追い出し事件が起きた1999年。この時、15万人ものファンが引き留めの嘆願署名を集めたが、巨人に移籍された。後に工藤は1年かかりで全員に直筆サイン入りのお礼の手紙を送った。
 (3) 西武から弱いダイエーホークスに移籍した時、不甲斐ないホークスの投手陣に対して意識改革を促したが、ホークスの投手はついていけず、工藤との溝が広がるばかりであった。その中で、最年長の藤井投手が仲介役に入ってチームワークとチーム力を向上させた。その4年後に念願のリーグ優勝と日本一を達成した。
 工藤は監督就任発表会見の後、佐賀にある藤井投手の墓前を訪れ、監督としてホークスに復帰したことを報告している。
 その藤井投手は工藤が巨人に移った翌年に急性肺がんで急逝した。工藤は藤井の病気を知っていればいホークスに踏み留まったと、いまだに悔やんでいる。




全員野球で日本一 <2014.10.31> 

 -秋山監督 有終の美を飾る-

 球団・ベンチ・選手・ファンが言い続けてきた「日本一」。福岡ドーム最終戦。勇退する秋山監督にとって、有終の美を飾るのに相応しい最高のフィナーレになった。
 この道のりは平坦ではなかった。それほど、安心して観られる試合が少なかった。毎試合、ヒヤヒヤ・ドキドキ・イライラの連続である。何度ももうダメ」と、思ったところからギリギリ勝ち抜いてきた。
 特に、リーグ終盤の大失速。CSも最終戦まで全く判らなかった。あの苦境を乗り越えた経験が日本シリーズで生きた。
 投手力は阪神がやや上回っていたかも知れない。しかし、スピートのある守備や攻撃力は、圧倒的にホークスが勝っていた。
 MVPは内川であるが、最高打率の柳田、お祭り男の松田、控えの明石・吉村はケガで欠場の長谷川・本多の穴を埋めた。中村のサヨナラHR、今宮の堅守、細川の好リード。無失点の大隣・武田投手、意地のエース復活を遂げた摂津や日替わりヒーローなど全員野球の日本一である。

       

 -秋山監督の決断とサプライズ-

 監督の采配としては頑固・ギリギリまで辛抱するタイプである。ベンチではあまり表情をださない、多弁ではない、煽てたり、叱責したりすることも少ないが、選手の細かい動きの変化は適格に把握し、フォローしている。
 日本シリーズでは最も重要とされる第2戦、甲子園未経験の武田投手を指名した。若いが物おじしない。将来のエースと見込んだ。そこからホークスの流れになった。日本一に王手のかかった第5戦では、リーグ終盤からCsにかけて何度も試合をぶち壊してきたエース摂津。それでも「ここでださなければ摂津は潰れる!」と、送り出した。
 CS制覇の勝利監督インタビューに難病である黄色靭帯骨化症で足に障害が残りながら好投した大隣を呼んだサプライズ。日替わりヒーローを抱き寄せて労う異例の振る舞いには驚いた。

 -CS・プレーオフは止めるべき-
 日本一というのは、長いペナントレースを制したセ・パ両リーグの1位チーム同士が戦う最高峰の短期決戦(日本シリーズ)で、これを制したチームに与えられる称号である。
 CSは興行面からメジャーリーグを参考にできた制度であるが、メジャーのプレーオフとは全く異なる。
 メジャーは30球団がア・リーグとナ・リーグに別れ、リーグ覇者と西・中・東地区の覇者4チーム同士、合計8チームが争うから本当の全米一であり、納得のいく制度である。
 日本では敗者復活戦である。1リーグ6球団しかないのに、その半分がプレーオフに出場して、5割そこそこの3位チームが数試合の敗者復活戦で勝っただけで日本一など決してあってはならない。日本シリーズの存在意義が損なわれている。




劇的 最終戦でリーグ優勝 <2014.10.3>

 涙・涙の劇的優勝となった。 秋山監督や選手は号泣し、敗れたオリックスの選手は泣き崩れた。
 両チームのファンも、手を合わせて祈る延長10回表と裏の攻防。凄まじい最終試合で劇的なサヨナラ勝でリーグ優勝を遂げた。
 優勝することを義務ずけられた監督、選手のブレッシャーは想像を絶するようであった。これまで幾多の場面でもあまり感情を表にださない秋山監督、開口一番に今までで一番苦しかった!と、涙でグシャグシャである。
 エース摂津の疲労、寺原ら主力投手陣の長期脱落。内川・松田・本多・長谷川ら主力打者もケガ人が続出した。秋山監督は胃薬と睡眠剤が手放せなくなっていた。肉親の不幸や家族の病気看病を伏せて試合に臨んでいた。

 マジック点灯に王手をかけた9月17日から1勝9敗の大失速、貯金は大きく目減りしてゲーム差なし。一度もマジック点灯することなく、2位のオリックスに逆マジックが点灯する珍事となった。
 楽に優勝できる機会が何度もありながら決められず、144試合目の最終決戦。今日勝たないと優勝はない。球団や監督に露骨な批判が多く寄せられ、異例の警戒態勢が敷かれる中で、今まで以上にプレッシャーのかかる試合となった。

     

 ハラハラ・ドキドキで観ておれない。しかし、最後で地の利とツキが味方した。
 延長10回表、オリックスに満塁とされる大ピンチに、昨年までホークスに居た因縁のペーニアの大ファールが天井に当たってフィールド内に跳ね返ってくるラッキー。これを今宮が好捕してくれた。
 その裏、逆にホークスが満塁として記録的なサヨナラ勝ちとなった。もし敗れていたら、悲惨な最終戦になっていたと思うと感激もひとしおである。秋山監督・松田・内川・長谷川・細川・・・みんな眼が真っ赤である。
 試合前に孫オーナーは全員に「技術・精神的に申し上げることはありません。球界歴史に残る試合をしましょう!」と異例の訓示があった。結果的にそんな試合なにって孫オーナーも涙の胴上げをされた。





-2013年-  
日本一! 楽天の健闘を讃える  <2013.11.4>

 巨人と選手層を比べると雲泥の差がある。その最強軍団の巨人を気迫と勢いでねじ伏た楽天。
 余裕の巨人投手陣に対して、楽天は数少ない投手陣で田中も則本もかなり無理な登板を強いられた。
 楽天が王手をかけた第5戦、必勝を期して敗けないエース田中で敗れた。逆王手とした巨人投手陣の余力に比べて、楽天は窮地に追い込まれたようにみえたが、楽天の気迫ある闘志で投げ勝った。

 今年、ホークスは投手陣が崩壊して4位。気迫ある攻めの投球をほとんどみることなく、逃げのピッチングが目立った。おとなしい性格の指導者、選手が多い。気迫ある人材が不足している。


 -惜しまれる斎藤和己の引退-

 2006年パ・リーグのクライマックス・シリーズ。
 日本ハムと0-0で迎えた最終戦九回裏2死からサヨナラ敗けで優勝を逃した。日ハム優勝の歓喜の中で、マウンドに泣き崩れて動かない斎藤の姿は今も忘れることができない。
 無名の京都の高校から入団、下済みからダイエーホークスのエースとして活躍した。
 MVPや投手5冠・6冠、2度の沢村賞、9割4分の最高勝率など数々の実績を残した。 


 点を許さないのがエースであると自負する。負けない投手、1試合に全身全霊をかけて気持ちを全面に出すピッチング、リーダーシップなど、ダルビッシュ自身は手が届かない存在とコメントしている。
 肩の再々度の手術に再起をかけたが及ばなかった。ホークスが異例のリハビリ担当コーチとしたのは、日頃から手抜きをしない取組姿勢をリハビリ組や、2・3軍の選手に見せるためでもあった。リハビリ中、投げることができなくても地道に精魂込めた練習には気迫がこもり、周囲の雰囲気はピリピリするといわれる。小久保に引き続きホークスのリーダーがまた一人去った。




野村 36年ぶりにホークスのユニホーム <2013.8.31>

 福岡で南海ホークスの復刻ユニホームを着用した試合が行われた。
 これまで、南海ホークスと確執のあった野村。1977年(S52)に追放されるように南海を退団して以降、疎遠となっていた。
 王会長のとりなしで、ホークスの球団75周年式典で36年ぶりに懐かしい南海ホークスのユニホームに袖を通して、同じOBの門田ともに始球式をした。王・野村・門田と歴代HRランキング1・2・3位がそろい踏みの記念撮影。




内密に飛ぶボールに変える暴挙 <2013.6.26>

 知らせることで混乱してはいけないと思った。知らせなかったことで混乱を招いたかと言われると、そうかもしれない。ホームランが急増したのは、選手の技術が上がったのではないかと思った。不祥事とは思っていない・・責任回避の典型的な官僚答弁である。

 プロ野球のコミッショナーは最高権力の職位にあるが、歴代コミッショナーはいずれも特定球団の傀儡にすぎなかったことから、根来前コミッショナー以後しばらく、なりてがなく空席であった。 
 この加藤コミッショナーは外務官僚である。駐米大使を務め大リーグ野球にも詳しいとのことで就任している。

 しかし、東日本大震災直後の開幕強硬や電力カット下におけるナイターの自粛では、選手会とパリーグが被災者や国民的感情に配慮して早々と延期や昼間の試合を決めたが、営業的観点から強硬開催を主張する読売巨人球団の代弁者になった。
 コミッショナー就任直後から国際試合で対応できる統一球に拘り、自分の名前を入れてまで積極的に導入したにもかかわらず、ホームランが減少したことに憤慨した読売巨人球団渡邉会長の横ヤリで、秘かに飛ぶボールに変更したから混乱した。





-2012年- 
3位 小久保引退 <2012.10.20>

 主力4人が抜けた今年は67勝で3位に終わった。88勝で完全優勝した昨年より21勝も少ないが、普通のチームなら主力の先発投手が3人も抜けて勝ち星の半分近い43勝が一挙に消えれば、最下位に転落しても決して不思議ではない。
 投手以上に予想外に不振となったのが攻守。小久保の衰え引退で4番不在。川崎の大リーグ流失も予想以上のダメージとなった。

 今シーズンはもうホークスのことに触れることはないと思っていた矢先、小久保がシーズ途中のこの時期に引退を表明した。

 度重なる大けがや頸椎の痛みなど、満身創痍ながら粉骨砕身の精神で試合に臨んできたホークスの大黒柱、キャプテン小久保。この時期の発表は、主力選手の流出とケガ人続出の中で、低迷が続くホークスに喝を入れたかったものと思われる。その翌日から選手達が奮起して3位に踏みどどまった。

 小久保がホークスにとって必要不可欠なことは誰も疑う余地はない。
 ダイエー時代にはとんでもない傲慢社長によって、巨人に無償放出される屈辱を味わっている。しかし、小久保の練習に取り組む姿勢や、試合に臨む心構えはホークス時代と変わらなかった。
 それは、秋山監督の現役時代の姿から学び受け継いだもので、その取り組み姿勢を誰よりも大事にしている。
 生え抜きと外様選手の隔たりの大きい巨人で、異例の主将に抜擢されている。
 ソフトバンクになって、ホークスに呼び戻された。彼はそれらについて殆ど喋っていない。野球に取り組む姿勢についても、特別なことはしていないと謙遜しているが、僕のその様な姿を若い世代が見て学んで、成長してくれれば嬉しいと述べている。その小久保の選手姿が今シーズ限りで見られなくなるのは何とも寂しい。 





-2011年-  
日本シリーズ制覇 8年ぶり悲願の日本一 <2011.11.21>

 交流戦、レギュラーシーズンを圧倒的な戦いをしてきたにもかかわらず、まさかの連敗から始まった。
 敵地で3連勝して王手をかけたが、逆王手にされた。最終戦、3回無死満塁が押し出しの1点止まり。
 嫌な状況となったが杉内も好投。それでもジリジリするような展開が続いた。ようやく7回、内川のとどめの3点目で勝ちを確信した。
 ところが最後まで何が起こるかわからない。満を持して登板した押さえのエース、ファルケンボーグがまさかのアクシデント。ヒヤヒヤしたが、森福・摂津の緊急登板で切り抜けて、8年ぶりの悲願も真の日本一を達成した。 
 MVPの小久保は誰も異存はない。第4・第5戦の先制打もさることながら、併殺阻止の果敢なスライデング。8回の無死1・2塁では併殺打を恐れてフルカウントから四球を選んで中日勢を舌打ちさせた。好投していた相手投手が降板、ここから一気に3点。小久保の存在感を示した。

 昨夜は遅くまで祝勝会の様子などを観て、今朝は各社のスポーツ紙を買い込んだ。CS突破時はトップ扱いしなかった関西各紙も今日は一面トップで飾られている。各社の紙面をゆっくり見ながら余韻に浸っている。




読売巨人球団のお家騒動 <2011.11.17>

 球団会長に対する清武球団代表・GMの社内告発!この球団でこんな気骨のある人がいたとは驚いた。
 緊急会見した清武氏に批判があるが、役員会でやれば潰される上、社内で会見をすれば事前に阻止されるから、文部科学省で弁護士を伴って会見したものと思われる。

 論議百出しているが、世論ではお騒がせ渡邉会長の分が悪いようだ。そもそも、代表権のない会長がコーチ人事まで決めるのは異常である。ましてや現場の原監督がGMを飛び越えて会長と物事を進めるとは組織体を呈していない。GMの権限や役割が明確になっていないガバナンスの欠如である。

 昔、南海のお家騒動も有名である。野村監督の球団への要望がことごとく聞き入れなかったため、川勝オーナーに直談判したことから野村と球団の関係がギクシャクした。愛人の公私混同や鶴岡前監督との確執も複雑に絡んで野村は解任された。
 当時はまだGMのようなものはなかったが、後に西武の堤オーナーが資金と権限を与えて編成の全権を任せたのが根本氏(1983年~)である。この人が日本では初めての実質的なGMといわれる。後にダイエーでもその手腕を発揮している。

 当時の西武・堤オーナーや、ダイエー・中内オーナーが横からごちゃごちゃ口出ししていれば、西武の黄金期やダイエーホークスの再生はなかったであろう。
 その後、明確なGM制度を採用したのがロッテ(広岡 1995年~)と、日ハム(高田 2005年~)であるが、いすれも2年程度で終わっている。現在のホークスでは王会長が編成の全権を任されているのでGMに相当する。孫オーナー・王会長・秋山監督の人柄から読売巨人球団のような騒動にはならないだろう。




CS呪縛を解き日本シリーズに <2011.11.5>

 7年間もCSの高い壁を越えれなかったが全員野球で3連勝。ようやくCSの呪縛をとしてくれた。感きわまるものがある。

 CSで勝てなかった杉内。今日はCS突破は自分の手でと強い決意でマウンドに上がった。無得点で迎えた延長10回の127球目に得点を許して涙の降板。しかしその裏、勝利を目前にした涌井の奇しくも127球目を捉えた長谷川の同点打で涌井も涙の降板となる。12回の表が終了した時点でCS突破は確定したが、それでもなお勝ちにこだわり続けて長谷川がサヨナラ打を決めた。

 それにしても、杉内・涌井の緊迫した投手戦は素晴らしかった。さすがに西武は強い。結果的に3連勝となったが、試合内容は拮抗して気を抜くところは全くなかった。どちらに転んでもおかしくない試合ばかりである。
 12回の表、西武が無得点で試合はまだ決まっていないが、松中があまりの嬉しさからベンチを飛び出す珍しいフラィングのおまけ付きとなった。




南海ホークスの思い出を訪て <2011.10.1> 

 大阪球場の跡地に建てられた難波パークス。
 その中にある「南海ホークスメモリアルギャラリー」を久しぶりに訪ねた。
 当時のVTRや歴代選手を紹介する写真パネル、優勝カップ、ユニフォームなどがある。日本一2回、リーグ優勝12回の記録を残したその栄光が記憶とともに懐かしく蘇る。
 忘れもしない1959年(S34)の日本シリーズでは巨人に4連勝。日本一になって凱旋、涙の御堂筋パレードや往年の鶴岡・蔭山・飯田・岡本・森下・杉浦・・など難波・大阪球場で活躍した名選手達の写真や新聞記事が並ぶ。

 70年の球団史を綴る「ホークス栄光の軌跡」や南海ホークスグッズを買って、午後は胴上となる西武戦である。 
 毎年9月になると失速していたホークス、今年は14勝9敗2分で6年ぶりに勝ち越しを決めてた。
 しかし、ホークスの場合はここからが正念場である。負け続けているCS地獄から脱出しないと意味がない。プレッシャーにお押し潰されない平常心とミスをしない集中力で勢いをつけることができるかどうか。




プロ野球開幕の混乱 <2011.4.3>

 読売巨人球団上層部に対する批判は相当厳しかった。大震災によって多くの国民や企業が四苦八苦している中、電力消費の大きいドーム球場のナイターに拘ったことにある。
 その過程で、反対するパリーグや選手会を見下すかのような対応、脅かしまがいの交流戦拒否発言などが飛び出した。更に混乱を助長させたのがNPBである。最高権限を有するはずのコミッショナーがバランスを欠いた上、非難は承知・権限が無い・苦し紛れにSMAPも仕事・・・?といって火に油となった。

 それにしても、読売巨人球団の言い分が球界から拒絶されたのは画期的である。この際、MLBのようにコミッショナーに絶対的な権限を与える制度にすべきである。旧態依然の体質を改善しないことにはプロ野球の発展は望めない。 





-2010年- 
 7年ぶりの優勝 <2010.9.27>

 残り6試合で3.5ゲーム差、西武のM4から奇跡の大逆転。
 この戦力では今年もダメと諦めていた。西武との最終3連戦を前に、キャプテン小久保は「まだ逆転できる」と「激」を飛ばした。その小久保が自ら実践したサヨナラホームラン。翌日は負傷・不振の松中も奮起。更に、馬原が粘る西武の4番中島と12球の攻防を制して3連勝。和田が確実にロッテを抑え、杉内がダルビッシュに投げ勝ち涙の勝利となった。

 MVPは最多勝利投手の和田。陰のMVPは選手達を強烈に叱咤激励してきたキャプテン小久保である。
 彼の思いは、他の選手とは異なる。2003年の優勝・日本一は大ケガでスタンドからの観戦であった。試合中、相手捕手と激突して受けた公傷であるにもかかわらず自費手術の上、不可解な無償トレードで放出された。ソフトバンクに変わって、孫オーナーや王監督らによって呼び戻された小久保にとって、10年ぶりの悲願であった。

 祝勝会には「おとうさん犬」もかけつけた。初めて味わう雰囲気に圧倒されたのか、演台上で伏せてしまう。マイクを向けられ、かろうじて「優勝おめでとう?ワン!」。 その会場にはバキュームカーが待機した。アルコールを下水道に流せない仙台市条例ために取られた異例の措置である。





南海ホークスの思い出 
 
◆なぜ南海ホークス?
 父親が応援していたのが南海ホークスであった。大阪球場によく連れて行ってもらったのがきっかけ、としか言いようがない。いつの間にか南海ファンになっていた。関西人だから、南海でなければ、阪神とか阪急であったと思う。

 その頃のホークスは、飯田・岡本・陰山・木塚の「百万ドルの内野陣」と呼ばれた。その後、杉浦・皆川'投)・野村(捕)・寺田(一)・森下(三)・広瀬(遊・外)・穴吹・杉山・長谷川(外)あたりまではすごかった。
 ダブルヘッターもあった。大阪球場は狭く急勾配でグランドが近い。対戦相手の近鉄・山本八郎選手に対して「オーイ、山八~家が燃えてるぞ~!」 「野球してる場合とちがうぞ~!」とヤジが飛び、球場がドット笑いに包まれる。
 そして、野村がプレーイングマネージャーをして、シンキングベースボールの実践や、奇策的な方法を交えてやりくりしてきたが、野村の解任で長期低迷に。川勝オーナーの死去で身売りされる。

◆南海からダイエー・ソフトバンクに
    大阪から「南海ホークス」は消えることになった。かろうじてホークスの名前は残り、杉浦監督は「さようなら」 ではなく「行ってまいります」であった。
 スーパーダイエーは日頃から身近な存在であり、杉浦ファンであったことからホークスを継続することにした。監督退任後、球団役員に就任してからも、ホークスの名前変更に断固反対し続けたのは杉浦であった。
 しかし、20年近い長い低迷期は、腹立たしい・歯がゆい・情けない時代でもあった。当時の選手達の中には勝とうとする意識が薄く、試合前の控室で将棋をするような主力選手もいた。

 その後、根本・王体制になって大胆な補強や改革が行われる。そして、ようやく26年ぶりに優勝、日本一。ホークスファンとして誇れるようになる。大阪ドーム(京セラ)でも、一塁側より三塁側のホークス観客席から埋まるほど、在阪ホークスファンも復活しだした。
 ダイエーが破綻してソフトバンクにバトンタッチされる。当時のソフトバンクはダイエーほど身近な存在ではなかったが、ホークスの名前や応援歌などが残ることになったのは救いである。しかし、最近は、球団やチームの状況に対して苦言や怒ることの方が多くなってきている。




アンチ巨人 

 これを言いだしたら止まらないので簡単にする。
 南海のエースであった別所投手。巨人の違法行為によって突然,、引き抜かれて失踪した事件。たった6か月の出場停止でうやむやに。子供なりに不可解極まりないと思った。その前のスタルヒン事件は知らないが、長島裏切り事件や、黒い霧事件では日本一の西鉄(反財界)を解体させたのも読売と政治家が暗躍した。

 日本シリーズでは円城寺球審事件などがあった。他にも審判団の目に余る巨人有利判定が続いた。
 更に、湯口怪死事件、田淵・江川・桑田事件・・・金田(国鉄)移籍や吉田(東映)・関根(近鉄)・高倉(西鉄)・森永(広島)・落合・川口・広沢・ハウエル・清原・石井・・・獲り捨て、ゼニゲバの所業にまたか・・と、苦にかしく思ってきた。
 近年では原の黒い闇の1億円事件、一場事件、入団金違約事件、賭博事件やドラフト制度を形骸化させるような所業が今も続いているにもかかわらず、巨人は紳士たれ、巨人あってのプロ野球・・で、大のアンチ巨人である。




杉浦と野村 

 南海ホークスの第二次全盛期に活躍した中心選手 杉浦投手と野村捕手。

 中でも杉浦は、最も好きな選手というより「人」である。落ち着いたマウンドさばきから流れるようなアンダーで切れのある150キロの速球を投げ、「日本一美しい投球フォーム」といわれた。入団1年目は27勝で新人賞。2年目は38勝4敗の驚異的な勝率でリーグ優勝に貢献している。迎えた巨人との日本シリーズでは、指の血豆をもろともせず4連投・4連勝の主役を演じた。
 一歩グランドを降りると静かで柔らかい語り口、真面目で義理堅く紳士的な人柄。愛知県豊田市出身であるが、引退後も大阪住吉区で質素に暮らした。

 長島裏切り事件の時、杉浦が心配になった鶴岡監督は、夜行列車で急いで上京「君は大丈夫だろうな!」と聞く。「僕はそんな男ではありません!」と答えた杉浦は、巨人が南海のエース別所をルール違反を犯して引き抜いた事件がきっかけとなって、アンチ巨人であったと後々に語っている。


 一方の野村。選手・監督として立派な実業績や成績を残し、選手の育成にも長けていながら、誤解を受けやすい。南海の監督辞任劇はそれを象徴している。
 同じ京都府出身の南海電鉄川勝傳オーナーは、野村の素質を見抜いて可愛がったが、鶴岡前監督との確執、愛人の公私混同などで球団と対立する。
 師であり、親代わりでもあった比叡山延暦寺の葉上大僧正からも「野球を取るか、女(愛人)を取るか」と迫られ、「女を取る」と言いきって恩師の葉上大僧正と絶縁。南海からも放出されたが、結局は両方とも取った。その後も、監督として実績を残しながら辞任に至ったりしている。
 仕事で野村の故郷(丹後網野)峰山に行った時、駅から乗った大柄のタクシの運転手さんが偶然、野村と同級生の投手で野村の話をしてくれた。野村自身も故郷の話はよくしている。貧困や下積みを味わっているだけに、なかなかの苦労人である。もう少し違う後妻さんであれば、野村の評価や業績も変わっていたと思う。

 そんなことは別にして、あり得ないだろうけれど、野村にホークスの監督を一度してほしかった。
 野球以外のトラブルを持ち込んだり、度が過ぎたゆさぶりや駆け引きなどは望まないけれど、生真面目すぎる今のホークスの選手を野村野球でもみほぐしてほしいと思うのだが。







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