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四国 周遊

  四国の旅はアクセスが難しい。過疎化が進み鉄道路線が廃線。2024年のダイヤ改正でJR、バス便とも大幅に減便された。さらに廃線になった徳島阿佐線跡を再活用した線路道路両用バスDMVの予約がなかなか取れなかった。ようやく予約が取れて徳島・室戸岬・高知・四万十・足摺岬・宇和島・松山の順に四国を周る。

          

初めての徳島・高知
 勤めている時に出張で何度か松山に行っている他に、スポット的に瀬戸大橋、しまなみ海道や金毘羅、高松を訪れているが、徳島・高知だけは機会がなかった。四国全県を鉄道、バスなどを乗り継いで一周する。
 新幹線さくらで岡山。これまであった岡山−徳島間の直通特急が廃止された。JR四国で唯一の黒字の瀬戸大橋線の快速マリンライナー。高松から高徳線の徳島行特急うずしお。
 僅か2両。その内の1両が自由席。非電化の気動車で徳島まで瀬戸内海東南海岸沿いに約75キロ70分程。
 徳島から室戸岬まで120キロの阿波室戸シーサイドラインになる。阿波海南までは牟岐線。旧国鉄時代に徳島から高知後免までの四国周遊計画線であったが頓挫、牟岐線だけが辛うじて残った。特急はなく各駅停車となり2時間以上かかる。

DMV 阿波海南から先は、廃線区間を活用した阿佐海岸鉄道の線路道路両用バスDMV(デュアル.モード.ビークル)になる。マイクロバスを改良して道路はタイヤ、鉄道線路は車輪を下して走る。僅か20人乗り、世界初の珍しい形態のため2021年の開業当初から予約が取れなかった。
 運転手さんは道路から線路、線路から道路へ切り替える度に車輪やタイヤの点検作業をする。阿波海南から東洋町道の駅まで青い海の眺めは最高。約10キロ30分程乗車、料金は700円と少し割高。

  

◆室戸岬 東洋町から高知東部バスで太平洋を見渡す海岸線を走る。周辺にはジオパークなどがあり、室戸岬には勤王土佐藩士 中岡慎太郎像が立つ。展望台から太平洋の大海原、水平線が広がる。岩礁帯の海辺に設けられた遊歩道を巡れる。
 室戸岬灯台は海抜150mの高台、登るのは諦めて次のバスに乗る。奈半利から旧国鉄路線から引き継だ第三セクター土佐くろしお鉄道などに乗り換えて高知まで2時間半。途中の安芸は三菱財閥の創設者 岩崎弥太郎の出身地。

◆土佐高知
 高知に着いた時は暗くなっていた。高知城下のひろめ市場で夕食。土佐藩家老であった深尾弘人(ヒロメ)屋敷跡地に建てられた市場。高知の台所といわれ、観光客でも賑わっている。
 翌朝は高知城。県庁、市庁などが集まる中心部、高知公園の丘の上にある。江戸時代の初期、掛川から山内一豊が入封して着工、二代目藩主の時に完成。直後に焼失したが、江戸時代中期に再建された3層6階の木造土佐漆喰の天守と、本丸御殿が繋がる配置は、唯一現存する貴重な国宝城。

 はりまや橋は高知で最も交通量が多い交差点にある。江戸時代に豪商の播磨屋が架けた私設橋が名前の由来。現在は交差点の外れにある地下通路を跨ぐ小さな橋が復元され、よさこい節の石碑が立つ。
 はりまや橋からバスで桂浜に向かう。弓形に広がる太平洋土佐湾海岸は波が高いが、この日は穏やか。背後の松林と砂浜、紺碧の海が調和する景勝地。坂本龍馬の銅像が立ち、一帯は桂浜公園となっている。次のバスで高知駅に向かう。駅前は勤王三志士像(武市.坂本.中岡)やアンパンマン像がある。

     

◆四万十川 高知から土讃線特急しまんとで、足摺半島の付根、四万十市の中村まで1時間半。駅前から電動レンタサイクルで四万十川の佐田沈下橋三里沈下橋まで片道約12キロを往復。
 四万十川は四国最長の約200キロ。コンクリートの人工的な護岸がない自然のままの川。勾配が緩やかなため流れはゆったり。苔や微生物が多く四万十川グリーンと呼ばれる独特の深緑色をしている。長良川、柿田川と並ぶ日本三大清流に数えられている。
 この川に50程の沈下橋が架かる。その中で最長の佐田沈下橋は長さ290m、幅4m余。その上流の三里沈下橋は長さ145m、幅3m余。車も通行できるが、欄干がないため自転車でも降りて手押しで渡る。

◆足摺岬 中村のホテルで宿泊した翌日、バスで足摺岬に向かう。亜熱帯性のビロウやシダが群生、いかにも南国らしい。足摺岬は半島の最先端、太平洋に突き出した高さ80mの断崖絶壁から海を見下ろす。海が近く水平方向に広がっていた室戸岬とは対照をなす。

 椿のトンネルや灯台を巡る遊歩道、弘法大師ゆかりの四国巡礼礼所の金剛福寺などが点在する。四国巡礼は弘法大師空海の弟子たちが、空海が修行した四国の寺院を巡礼したのが始まり。徳島県から時計回りに高知県、愛媛県、香川県の88か所を巡る遍路は約1400キロ、昔は50日を要したそうである。
 足摺岬からバスで足摺半島の西の付け根にある漁港 土佐清水に下る。中浜万次郎の生家、資料館、大阪海遊館にジンベイザメや魚類を送る海洋施設などがある。
 江戸末期、万次郎の乗った漁船が難破、伊豆無人島に漂着。アメリカの捕鯨船ジョン号に救助されアメリカで暮らして20数年ぶりに帰国。進化した海外文明を紹介して大きな影響を与えた。ペリー来航、日米通商条約、咸臨丸渡米などで通訳を務めた。

  


伊予愛媛
◆宇和島 高知県西端、豊後水道沿いの漁港 宿毛でホテルが確保出来ず、次の愛媛県宇和島までさらにバス。アクセスはバスしかなく、この日は合計5時間以上バスに乗っている。
 豊後水道に面した城下町。泊まったホテルから少し登った丘陵地に3層のこじんまりした宇和島城天守が建つ。関ケ原直後、城造りの名手 藤堂高虎が築城。江戸時代中期に改修された天守が現存する。南の国らしい高さ15m程ありそうな椰子が植わる駅前に闘牛像がある。宇和島闘牛の伝承地である。
 JR予讃線特急宇和海で松山に向かう。キラキラ光る豊後水道から瀬戸内海伊予灘の海沿いを走る。その途中にポツンと小さな「下灘駅」。海に一番近い駅として鉄道ファンの聖地、映画、ドラマで度々登場する。ここに停まる列車は1日数本しかない。特急列車は減速、車窓越しに眺める。

 
松山 道後温泉 最終訪問地の松山。東レ愛媛工場があり仕事で何度か来ている。気候が温和だけではなく人柄も温和。瀬戸内海の鮮魚料理を食べるのも楽しみであった。
 夏目漱石の坊ちゃんの舞台となった道後温泉。イメージカラーのオレンジ色の路面電車で松山の奥座敷を訪ねる。有馬、白浜温泉とともに日本三古湯。シンボルとなる道後温泉本館、大規模改装を終えたばかり。明治時代の木造3階の湯棟、皇室専用浴室などいくつかの建物が複雑に連結、内部の見学もできる。湯質は単純泉であるが重曹成分が多くすべすべ感がある。

     

◆松山城 松山のほぼ中心、勝山に佇む。行はケーブルで登る。本丸は長細く、北の曲輪の天守は櫓と回廊で複雑に結ばれた連立型の城。豊臣時代の藩主加藤嘉明が築城した5層の天守は焼失。江戸時代後期に松平氏によって再建された3層3階の天守が現在のもの。
 城下に県庁、市庁、裁判所などが集まる。その角に夏目漱石が赴任した旧松山中学校の跡碑が立つ。ここで学んだ正岡子規、秋山兄弟らを題材にした司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」ミュージアムがある。

◆予讃線 出張で訪れて以来の大街道商店街などを巡って、松山駅から予讃線岡山行特急しおかぜに乗る。次の停車駅の今治は伊予国府が置かれ、中世は今治城の城下町。近世はタオルの一大産地。
 今治からの車窓は明るい瀬戸内海に沿って走る。川之江を過ぎると香川県。多度津、丸亀を経て瀬戸大橋を渡と海の景色はなくなりまもなく岡山。





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