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       -歴史探訪-
古事記 & 日本書記

       

  「記紀」と呼ばれる古事記と日本書紀は、奈良時代初期に編纂された現存する最古の歴史書である。いずれも神代から始まり、古事記は推古天皇、日本書紀は持統天皇の時代までが記載され、歴史探訪の中でも度々登場する。この両書はほぼ同じ時代に作られたが、編纂の目的や内容に違いがあり、本項で整理してまとめてみた。 <2025.11.30>  

       


◆古事記・日本書記 編纂の目的
 日本が弥生時代から文明時代に入るのは3世紀。既に中国は2700年の歴史文化を持ち、唐という大帝国を築いていた。日本も長い歴史を持つ正当な国であることを唐や朝鮮半島の国々に示す必要があった。
 そのため、中国にならって国家の体制を整える一環として国史整備にあった。天皇の歴史を綴る古事記と、日本最初の正式な歴史書とする日本書記を編纂する一方、律令制という政治体制を導入、平城京を建設し、倭の国から日本(日のもとの国)と宣言していく。

◆古事記・日本書記の概要対比
              古事記            日本書記
編纂開始 天武天皇(40代) 天武天皇(40代) 
主編纂者  稗田阿礼(ヒエダノアレ)の記憶口伝→太安万侶(オオノヤスマロ)が筆録により編纂、奏上  皇子、官僚、学者ら12人で構成、編纂→舎人(トネリ)親王が奏上 
完成  712年 元明天皇(43代)   720年 元正天皇(44代)  
巻数  3巻  30巻 
記録年代  天地の始まりから推古天皇(33代)まで  天地の始まりから持統天皇(41代)まで 
書式  和漢文  漢文 
内容  神話の時代から、天皇の伝記・歴史を物語風に和歌も挿入して綴る、神話の神は命(ミコト)  日本の正史、国の成り立ち、国家・天皇の正当性を国外(特に中国)を意識した、神話の神は尊(ミコト) 

古事記
Ⅰ.概要
 壬申の乱後の混乱期を脱した天武天皇は、神話や国の成り立ち、天皇の歴史を後世に伝えるため編纂を命じた。
 古事記の序文によると、聡明な識字力と記憶力を持つ稗田阿礼(ヒエダノアレ)に天皇家の物語を諳(ソラ)んじさせ、その口述を太安万侶(オオノヤスマロ)が聴き取り筆録、編纂した。諳んじるとは、残された書物、語り継がれてきた神話や天皇家の歴史を熟知、記憶したと解釈される。
 天武天皇の在世に完成せず、持統、文武天皇を経て元明天皇の代に完成した。

 稗田阿礼は序文で唯一登場するだけで実在は証明されていない。太安万侶は大和田原本多の豪族、大和政権の高級官僚。古墳などから実在したとみられる。古事記の書名がいつから付いたのかは不明であるが、「ふることふみ」が音読みになった説が有力である。原本は存在せず、鎌倉から室町時代にかけていつかの写本として残る。構成は上巻、中巻、下巻からなる。
Ⅱ.上巻

 序文.過去の歴史の伝承意義、天武天皇による古事記の企画、古事記の成立な
    どに関する概要(太安万侶の記述)。
 1.イザナギノ命イザナミ命、天地の始まり、神の出現、島々の生成、神々が生
    む国土の起源、黄泉の国(出雲の国)など。
 2.天照大神、天の岩戸など。
 3.スサノオ命(素戔嗚尊)、穀物の種、八岐大蛇など。
 4.大国主命、出雲、因幡の白兎、御諸山神(三輪山)の鎮座など。
 5.大国主命による蘆原瑞穂国(中津国)の平定、国譲りなど。
 6.ニニギノ命(瓊瓊杵尊)、天孫降臨など。
 7.火遠理命(ホデリノミコト)、海幸彦、山幸彦、神武天皇の父の天津日高日子波限建
    鵜葺草葺不合命(アマツヒコヒコナギサタケ ウカヤフキアヘズ ノミコト)、神武天皇の誕生など。
Ⅲ.中巻
 1.初代神武天皇の東征、孔舎衙江の戦、長髄彦(ナガスネヒコ)、熊野から大和、八咫烏など。
 2.2代綏靖(スイゼイ)、3代安寧(アンネイ)、4代懿徳(イトク)、5代孝昭、6代孝安、7代孝霊、8代孝元、9代開花天皇までの
    簡単な譜系。
 3.10代崇神天皇、美和(三輪)の大物主命など。
 4.11代垂仁天皇、倭姫、伊勢神宮など。
 5.12代景行天皇、倭健命(日本武尊)の西征、東征、宮酢姫、伊吹の山撃ち、白鳥陵、13代成務天皇の堺国造りな
    ど。この章では、倭健命やその妃 宮酢姫の歌が多く掲載されている。中でも「大和国のまほろば たたなずく
    青垣 山こもれる 大和うるわし
」と詠んだ倭健命の歌はよく知られている。
 6.14代仲哀(チュウアイ)天皇、神功皇后と船と住吉、氣比大神など。
 7.15代応神天皇、大陸文化の渡来(新羅、百済から鍛冶屋、機織、酒造)など。
Ⅳ.下巻
 1.16代仁徳天皇、租税免除、茨田堤、難波の堀江など。
 2.17代履中天皇、石上幸行と近つ飛鳥・遠つ飛鳥など。18代反正天皇。
 3.19代允恭(インギョウ)天皇。
 4.20代安康天皇、暗殺された唯一の天皇。
 5.21代雄略天皇、吉野宮、葛城一言主神など。
 6.22代清寧天皇、23代顕宗天皇、24代仁賢天皇。
 7.25代武烈天皇、天皇に子がなく系統が途絶えたため、応神天皇の玄孫を26代継体天皇とする。27代安閑天
    皇、28代宣化天皇、29代欽明天皇、30代敏達天皇、31代用明天皇、32代崇俊天皇、33代推古天皇。

 初代から推古天皇(33代)までの天皇や后妃、皇子女、宮殿、崩御年齢、御陵、行幸、説話、和歌を交えて綴る。この内、2代~9代は簡単な系譜だけのため「欠損八代」と呼ばれていることについて後述する。24代~33代も簡単であるが、編纂時代に近く自明ごとのためではないかとされている。
 天皇の生存年数について、21代まで8人が100歳を越える。最高は崇神168歳。他に垂仁153歳や神武も137歳。日本書記でも12人になる。「古代天皇の寿命引き延ばし」で後述する。


日本書記
Ⅰ.概要
 日本が中央集権国家として体制を整えつつあった時期。天武天皇は国家統一と安定を図り、天皇中心の国家体制の正当性を示す統一歴史書が必要であった。中国、朝鮮半島との外交において国の正史を示すため漢文で構成している。
 681年から川島皇子忍壁皇子らが編纂に着手、集められた国内や海外の資料をもとに進められ、渡来人も関わったことが伺える。完成は40年後、舎人親王より元正天皇に奏上された。古事記の完成より8年後となる。
 全30巻から成り、神代から持統天皇(41代)までの事項が記されているが、神代は古事記より簡素。原則1人の天皇につき1巻を割り当てているが、綏靖(2代)~開花天皇(9代)までは古事記と同様「欠史八代」。原本は失われ平安時代の写本が現存最古とされている。

Ⅱ.目次
1巻:神代上  11巻:仁徳天皇(16)   21巻:用明(31)、崇俊天皇(32)  
2巻:神代下   12巻:履中(17)、反正天皇(18)   22巻:推古天皇(33)  
3巻:神武天皇(初代)   13巻:允恭(19)、安康天皇(20)   23巻:舒明天皇(34)  
4巻:綏靖(2)~開花天皇(9)  14巻:雄略天皇(21)   24巻:皇極天皇(35)  
5巻:崇神天皇(10)   15巻:清寧(22)、顕宗(23)、仁賢天皇(24)  25巻:孝徳天皇(36)  
6巻:垂仁天皇(11)   16巻:武烈天皇(25)   26巻:斉明天皇(37)  
7巻:景行天皇(12)   17巻:継体天皇(26)   27巻:天智天皇(38)  
8巻:成務(13)、仲哀天皇(14)  18巻:安閑(27).宣化天皇(28)   28巻:天武天皇(40)  
9巻:神功皇后   19巻:欽明天皇(29)   29巻:神武天皇(40)  
10巻:応神天皇(15)   20巻:敏達天皇(30)   30巻:持統天皇(41)  
                                             (  ) は天皇代位
【書名】
 「日本書記」説と「日本記」説がある。
【神功皇后の9巻】
 天皇ではないにもかかわらず1巻を構成しているのは、仲哀天皇の崩御(九州熊襲征伐で戦死説)後、神功皇后が摂政として政務、「皇后の臨朝」として15代天皇とみなしていたが、明治政府は歴代天皇から外した。実在説と非実在説があり、実在したとしても摂政期間は10年以下(日本書記では半世紀以上)とされる。九州征伐、三韓出兵(新羅、百済、高句麗)、熊襲征伐など武勇伝がある。宮内庁では五社神古墳(平城)を神功皇后陵としているが、発掘調査で時代が一致しない。また、神功皇后から応神天皇(15代)の間はかなり曖昧とされている。
【39代弘文天皇の欠落】
 天智天皇(38代)は弟の大海人皇子を皇太子とする約束を破って、我が子の大友皇子を立太子として皇位の継承を示唆して崩御。まもなく、皇位争いの壬申の乱が勃発したため、大友皇子の即位儀式ができず天皇とみなされなかった。戦いに敗れた大友皇子は自害。日本書記28巻では大友皇子は敵として書かれ、勝利した大海人皇子は天武天皇として即位する経過が記されているが、明治政府は大友皇子を弘文天皇(39代)とみなし、大津長等山前陵を弘文天皇陵と比定している。
【天武天皇の28.29巻】
 編纂の発願者である天武天皇は、壬申の乱を経て政権を樹立した経緯、正統性を強調するため詳細を記載する必要があったことや、藤原不比等の影響力説などがある。


        
◆補足
【欠史八代】
 日本書記は原則1天皇1巻であるが、4巻では綏靖天皇(2代)から開花天皇(9代)までの8代天皇を集めて譜系だけを簡単に記載している。古事記においても同様であり、後世に創作されたものと考えられている。
【古代天皇の寿命引き延ばしの背景】
<辛酉(カノトリ)説>
 寿命が短い時代にもかかわらず、神武天皇から応仁天皇(15代)までの間に100歳を越す天皇が大半をしめる。
 中国は2700年歴史を持ち唐という大帝国を築いていたが、日本が文明時代に入るのは3世紀からにすぎず、日本の誕生や天皇の歴史を遡らせる必要があって、神武天皇即位を紀元前660年とした。これは、聖徳太子の時代に取り入れた、古代中国の吉凶予言「讖緯(シンイ)思想」から、60年に1度の辛酉の21倍年に天命が改まるとする「辛酉説」を採用したことによる。推古天皇の601年の辛酉年から1260年(60×21)遡った紀元前660年「辛酉年春正月」を皇紀元年、初代神武天皇の即位年としたことによる。そのため極端に天皇の寿命が引き延ばされた。

<2倍年暦説>
 
古代中国では麦と米の収穫時期に合わせて1年を春秋の2節とした「2倍年暦」があった。仏陀や論語でも適応されていため、寿命引き延ばしに2倍年暦が適用されたかも知れない。特に初期の天皇でその傾向が顕著であるが、雄略(21代)、継体(26代)の時代になっても認められる。この頃は1倍年暦と2倍年暦の混在説がある。

【神武天皇即位年の推定】
(1).神武元年(即位)の紀元前660年は、縄文時代後期に相当して、まだ獣狩、漁狩、竪穴住居の時代である。大陸からの文化や稲作が始まるのは弥生時代中~後期のため、西暦100~200頃が妥当な範囲とする説。
(2).神功皇后摂政時代に百済王から倭王に贈られた「七支刀」の刻字年(369年)から2倍年暦仮説で遡ると紀元前50年頃頃となる説。
(3).越前を本拠とする遠縁の継体天皇(26代)を入り婿として迎えた即位年507年の信頼性は高く、2倍年暦仮説で遡ると紀元前50年頃となる説。
(4).雄略天皇から神武天皇までの間を1.2.3.4倍年暦仮説をふりはめて遡ると西暦150年頃となる説。
(5).古代天皇の平均生存20年仮説から、推定即位は紀元年100年頃となる説。
 以上からも紀元前660年は無理がありすぎる。神武天皇や以後の古代天皇の存在の有無にかかわらず即位年は、早くて紀元前100年頃~西暦200年頃の範囲が妥当とされている。
【天皇の実在性】
(1).三輪勢力の崇神天皇(10代)が神話の境目、実在ても天皇ではなく大和を支配する権力者(大王)とする説。
(2).河内勢力の応神天皇(15代)、仁徳天皇(16代)が神話と実在の境目説。
(3).武烈天皇(25代)には子がなく、継体天皇を迎えたのはほぼ事実とする説が強い。継体は応神天皇(15代)の5世孫とされるが、応神が存在しなければ単に越前の地方豪族であり、皇統は途切れている。
【続日本記・日本後記】
 日本書記の後は、「続日本記」として文武天皇(42代)から桓武天皇(50代)までの記録が平安時代初期に編纂。引き続き「日本後記」として淳和天皇(53代)までが編纂された。
【万世一系、男系男子の怪】
 天孫降臨よも前に大和では、葛城、三輪、佐紀、河内などの勢力が連合もしくは単一勢力として交代に統一した初期の大和王朝が成立するのは3世紀後半。存在がほぼ明確になるのは4世紀末から5世紀の河内勢力王朝の応神、仁徳天皇。この河内勢力は武烈天皇で途切れ、6世紀初期に越前勢力の継体天皇に移行するなど、九州、出雲、吉備、畿内、越前、尾張など地方勢力の興亡にともない天皇の血筋は必ずしも繋がらなかったと考えるのが妥当とされている。尚、古代では大王や大神(オオカミ)と呼ばれ、天皇や皇帝と呼ばれるのは7世紀頃から、正式に天皇に統一されたのは1936年(S11)である。
 万世一系は幕末の公家、岩倉具視の書に記されもので、明治に伊藤博文が唱えて皇室典範に掲げた男系男子ともに共和国や共産主義国家体制を否定する政策として、神道を帝国体制の柱にするための造語と考えられる。
 上記の武烈から継体天皇間の血統の途切れや、母(43代元明)から娘(44代元正)へ女系の皇位継承が実在するなど、万世一系、男系男子は歴史学、考古学において完全否定されている。
【同床共殿】
 崇神天皇の皇居で天照大神や三種の神器を祀っていた。しかし、神との同床共殿は「神の勢いが激しく、同床共殿に堪え難い」とされ、皇居とは別々の地に祀ることになり、元伊勢を巡り伊勢神宮にたどり着く。
 これには裏の話しがある。皇居では天照大神と大物主大神が祀られていた。天照大神(瓊瓊杵尊)と大物(国)主大神(饒速日尊)との勢力争いが起きて世の中が乱れたため、大物主大神を大神神社に、天照大神をとりあえず桧原神社に移した。天照の勢力が増すに従い立派な鎮座地が必要となり伊勢神宮に祀られた。大神神社の大神は天照大神そのものであり、三輪の大神の大物主大神とは区別、大神(オオミワ)に読み替えられたのが真相に近いのではないか。






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