
−歴史探訪−

|
空海(弘法大師)が真言道場の下賜を嵯峨天皇に申しでた嘆願書の一節に「吉野より南西にて平原の幽地あり、名付けて高野という」と記されていた。
開創1200年を記念した「山の神仏展」や「高野山の名宝展」を美術館などで観てきた。これまで車で何度か訪れているが、自分の足で高野山の歴史を巡る。 <2015.6.27> |
|

梅雨の晴れ間、南海電車難波から急行の乗る。紀ノ川畔の橋本で乗り継ぎ極楽橋までは登山電車になる。国内4位50‰(50パーミル:1000m間で50mの勾配)の急勾配、急カーブを軋み音をたたてゆっくり登る。さらに接続するケーブルで高野山まで約100分。高野山の入口となる大門までバスに乗り、そこから山内を歩く。
蓮の花びらのような八葉の峰々に囲まれた東西6キロ、南北3キロの山上盆地。
修行場所の壇上伽藍、真言宗総本山の宗務所となる金剛峯(ブ)寺、空海廟の奥の院を中心に100余の寺院や公共施設、観光施設からなる山上都市である。
昔は、東・中・西など数本の高野街道から高野石道を登り山上を目指した。昭和初期に極楽橋まで南海電車が、さらに高野山上(標高867m)までケーブルが開通して楽に行けるようになった。

入口は高野山の総門となる大門。正式には金剛峰寺大門。江戸時代の再建で二対の金剛力士像は5mを越え、日本最大の東大寺大仏殿の金剛力士像に次ぐ大きさ。
この大門から1キロほど東に壇上伽藍がある。空海が高野山に入って最初に取りかかったのが、修行の中心道場となる伽藍建設であった。
伽藍とは本来、僧侶が修行する場所であるが、後に寺院の建物配置をいうようになった。その中心となる根本大塔の完成には70年を要したそうである。落雷により何度も焼失して、現在の大塔は1937年(S12)の再建。
本尊の大日如来と柱に描かれた極彩色の金剛菩薩の曼荼羅が立体的に配置されている。曼荼羅とは仏の悟りや仏教観を視覚・象徴的に表記した絵画等である。
壇上伽藍の入口となる中門は再建されたばかり。壇上伽藍から金剛峯寺に向かう。壇上伽藍を龍の頭として「東西に龍の臥せるがごとく」と形容された蛇腹道、秋になると燃えるような紅葉で染まる。

金剛峯寺は豊臣秀吉が母の菩提を弔うために建立した寺が基礎となった。高野山ならびに真言宗総本山して全国3600余の宗務を司る。
5万坪近い広大な敷地内には主殿、別殿、奥殿、天皇や上皇の応接間として使用された金箔の上壇の間、皇族の休憩所だった奥書院、豊臣秀次切腹の柳の間などがみられる。
襖絵には狩野派など有名画伯による四季の模様が描かれている。日本最大の石庭 蟠龍庭や、700合のお米が炊ける3個の大釜など広大な台所も見物できる。
高野山の聖域、奥の院大師廟に向かう。その入口から樹齢数百年の杉木立が続く2キロの石畳沿道。両側に武将や大名家、企業など20万基を超すといわれる墓碑、供養塔が並ぶ。
高野山で最も多い五輪塔。密教では人間や宇宙は空(融合)・風(呼吸)・火(体温)・水(血液)・地(身体)の5要素で、塔の空輪は珠、風輪は花、火輪は笠、水輪は塔、地輪は基礎に相当するとされる。
高野山は織田信長や豊臣秀吉の攻撃を受けてきたが、「来る者拒まず」と宗派を問わず受け入れているため、織田信長や豊臣家の供養塔もある。その時々の歴史に名を連ねる人達などを思い浮かべながら杉木立を進むと玉川に架かる御廟橋。この橋より先は聖域のため写真撮影禁止となる。
大師はここを自らが入定(ニュウジョウ)の地と定めた。入定とは永遠の瞑想。弥勒菩薩に仕え56億余万年後に現れ、救われない人々を救済するであろうと遺言して、今も瞑想を続けておられると伝わる。
空海は奈良時代後期、香川県善通寺の生まら。平安京に上り、遣唐使として天台宗の開祖最澄(後の伝教大師)と共に唐に渡り、長安で会得伝授された密教を持ち帰った。
真言宗は大日如来が自らの悟りのなかで説く奥深い絶対真理の教とされ、祈祷や呪文、儀式を重視して特別な師弟関係の中で口伝会得される。会得するには自己を破り、仏の境地に達しないと窺い知ることができない密やかな教えゆえ密教と呼ばれている。
平安時代に密教が盛んになったのは、怨霊を恐れ、釈迦の教えを分かりやすい言葉で説く顕教より、難解な呪術、加持祈祷など神秘的なものに頼ったためとされている。
近年、四国遍路がちょっとしたブームとなっている。空海が故郷である四国で山岳修行をした場所を後の修行僧らがその足跡を辿った。これが四国遍路の原型となって四国八十八所に代表される今日の霊場遍路が形成された。
空海は能書家としても知られ嵯峨天皇、橘逸勢(ハヤナリ)を「三筆人」と呼んだ。
平安京大内裏の内門に掲げた「応天門」の字に、点を書き忘れたことから「弘法にも筆の誤り」の諺が生まれた。
835年に入定後、921年になって後醍醐天皇から弘法大師の称号が贈られた。大師とは人を教え導く偉大な指導者を意味する。 |
|

|
|