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迷子になるほど複雑な構造の大阪梅田地下街。「梅田ダンジョン(地下迷路、地下迷牢)」と呼ばれ、You tubeなどで攻略のポイントが紹介され、脱出ゲームが行われたりする。ここを迷わずに通り抜けられるようになれば真の大阪人といわれる。それでも久しぶりに地下街を訪れるとアレ!と思うほど変わっている。残暑厳しいが地下街は少し涼しい。最近の梅田地下街を探索してみた。
<2025.9.5> |
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大阪梅田地下街の広さは現時点で約16万m2とされ、甲子園球場総面積の4倍、日本最大の地下街。その全長は約6キロに達する。
地下鉄と阪急、阪神電鉄やその系列百貨店をつないだ梅田地下の元祖「東広場」から始まり、日本で最初の本格的地下街となった「ホワイティ梅田」。続いて「堂島地下」「阪急三番街」「大阪駅前ビル地下」「ダイヤモンド地下」「大阪ガーデンシティ」「グランフロント地下」などが次々とできた。
この中にJR駅(大阪、うめきた大阪、北新地)、地下鉄駅(梅田、東梅田、西梅田)、私鉄駅(阪急、阪神)の8駅がある。さらに独自の地下フロアを持つ阪急、阪神、大丸、ルクア(旧伊勢丹)の百貨店やヨドバシカメラのような大型量販店、グランフロントなど30棟近い高層複合ビルがつながり複雑な構造の地下街を形成している。
<梅田地下街のルーツ>
日本で初めてターミナルデパートの阪急百貨店が1929(S4)に完成。その地下1階に食料品売場ができた。1933年(S8)大阪地下鉄梅田駅が開業。1939年(S14)阪神梅田駅の地下化と阪神百貨店が地下店舗を開設して地下鉄、阪急、阪神が連絡通路でつながった。この場所が梅田地下街のルーツであり、中心となる梅田地下東広場。その後、地下街の拡張によって多方向に幾筋もの複雑な通路が広がり、行き交う人々が不規則に交差、最も遭難しやすい場所とされている。そのため、見通しを悪くしていた支柱を減らし、行先表示の改善など近年になってリニュアールされた。
<ホワイティ梅田 (3.1万m2)>
地上の扇町通の混雑緩和のため、長さ600mの本格的な地下街「梅田地下センター」が1963年(S38)にできた。これが、現在の「ホワイティ梅田」。噴水のある泉の広場は待ち合わせの名所になった。噴水は撤去されイベントスペースに変わり、季節の花や子供向けの可愛いキャラクターで飾られる。
その後、阪急梅田駅の移設に伴い駅の地下にできた阪急三番街とL字型つながる。その角にある曽根崎警察署の地階に警察署のコミュニティプラザがオープン。安心できる持ち合わせ場所として人気を博した。
<堂島地下 (1万m2)>
地下鉄四つ橋線が1965年(S40)完成して西梅田駅が開業。これに合わせて、大阪地下鉄や当時は四つ橋筋にあった毎日新聞社などの共同出資で、堂島地下街「ド-チカ」がオープン。既存の梅田地下街とつながった。
大阪駅から中之島の東レ大阪本社まで1.5キロ程。中之島の手前の渡辺橋まで傘を使わず、暑い時も寒い時も信号のない地下街が利用できた。両側に色々な店舗が並ぶが時代とともに変わり、当時から続くのは製麺グルメ杵屋だけになった。
<阪急三番街 (4.5万m2)>
手狭になった阪急梅田駅を拡張、日本最大の頭端式10面9線の高架新駅が1969年(S44)完成。この駅の地下1階から2階に地下街がオープンした。阪急の民有地であるため国土交通省が定める地下街の範疇には該当せず、当時としは始めて吹き抜け。落差12mの滝や川が流れる画期的な地下街となった。
ファッション、カフェ、1000席のフードコート、雑貨、キャラクター、ボビーフロア、かっぱ横丁では大阪らしい居酒屋などでにぎわう。
茶屋町と呼ばれるこの周囲はアパレルショップタウンを形成。阪急イングス、大観覧車、東宝シネマなど阪急系列施設と枝葉的につながった。
<大阪駅前ビル地下 (0.5万m2)>
大阪駅前の曽根崎通、御堂筋から四つ橋筋まで500mの間に地上12階~25階、地下4階の大阪駅前第一ビルから第四ビルまでの4棟が1970年(S45)~1981年(S56)の間に次々完成。四つのビルは相互に地下で連結、第一ビルは堂島地下街と地下鉄西梅田駅、第四ビルは梅田地下街と地下鉄東梅田駅にもつながった。上階はオフイス、地下3~4階が駐車場、地下1階、2階には多くの飲食店、居酒屋などが入店。後に、ダイヤモンド地下街やJR北新地駅が完成すると地下街は線接合から面接合として拡大。ビジネスマンの昼食や飲みにケーションの場としてにぎわっている。
<ダイヤモンド地下 (4万m2)>
大阪駅前に阪神百貨店、第一生命ビル、ヒルトンホテルが建ち、大阪駅前第一ビル~第四ビルが完成したが、その真ん中に戦後の闇市などで占拠された五角形の密集地が残った。この地域の再開発が1990年頃から開始され、丸ビルタワーに続きダイヤモンドタワーが2003年(H5)完成。地下2階に「デイヤモール大阪」と呼ばれる地下街がオープンした。先に開業した大阪駅前ビル地下とつながり、JR大阪駅、阪神梅田駅、地下鉄梅田、東梅田、西梅田、JR北新地駅らを相互に結ぶ公共通路として一帯化した地下街を形成。大阪人にとっては非常に便利になったが、慣れないと方向感覚を失うといわれる。
<大阪ガーデンシティ (1万m2)>
旧国鉄梅田貨物駅の跡地。国鉄清算事業団、大阪市、近畿郵政局、阪神電鉄などが西梅田地区開発協議会を発足。ハービス大阪やブリーゼタワー、毎日新聞社などのビジネスエリアの他にホテル、劇場などが建ち、それらをつなぐ地下街「大阪ガーデンシティ」が1997年(H9)できて、梅田地下街は西方向に延びた。近年、ビジネスエリアの休息場として、水辺、植栽樹木、とまり木ベンチなどが設けられた。2024年には大阪中央郵便局跡地にJPビルが建ち、地下にKITTE大阪がオープン。うまいもん街や各県のアンテナショップが大阪ガーデンシティとつながった。
<うめきた地下 (0.5万m2)>
うめきた再開発の第一期で完成したグランフロント地下を中心に、JR大阪駅北口からグランフロント南館、第二期で完成したうめきた大阪地下駅とつながり、東のヨドバシカメラまで細長い東西の地下街を形成。この地下街とつながるルクアやグランフロント、グリーングランの地下は建物施設のため、厳密には地下街には該当しないが、大阪駅と直結しいているため人の往来は多い。
うめきた地下ができて地下街は拡大したが、大阪駅が地下街を南北に分断している。大阪駅は1、3、5階に南北通路があるが、地下の南北通路はなく、東西通路だけ。そのため大阪駅1階中央コンコースは絶えず混雑している。
梅田ダンジョンと呼ばれる複雑な構造をした地下街、地下1階なのか2階なのかわからなくなったり方向感覚を失うといわれるのは、大阪駅、阪急、阪神、地下鉄の梅田駅やデパートビルなどの大型商業施設が各社の利便性、商業性を優先した独自の地下フロアが立体的に広がって迷路のようになった。
既存の建物と新しい建物の違いや地下鉄駅の深さの違いの影響もある。梅田は東から西に傾斜していることや地盤沈下などによって、それらをつなぐ連絡通路の段差や坂、階段などでより複雑になっていった。

東京、横浜、名古屋でも規模の大きな地下街はある。特に東京駅大手前~東銀座まで4キロ、日本最長の地下通路があるが連絡通路機能が中心。梅田地下街にはデパートビルの他に、売上げ日本一のヨドバシカメラ梅田、大型書店、ファッション、3千席のフードコートからこじんまりした居酒屋、コンビニ、ドラックストア、ダイソーや雑貨店などの他に劇場、映画館、観覧車、医療機関、曽根崎警察署などがある。滝や川が流れ、植栽樹木、花壇、吹き抜け、イベント広場、憩いのベンチなどを有する。一日250万人が行き交うだけでなく思い思いに時をすごせる地下都市である。
2027年に完成するグラングリーンや、2030年予定の阪急梅田駅と新阪急ホテルの建て替えなどで地下迷路はさらに巨大化すると予想される。

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