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       −ちょっとおでかけ−                  

秋 − 紅 葉 

滋賀の紅葉 高野山・みたらい渓谷 嵐山 嵯峨野 京都の紅葉iいろいろ
永観堂 南禅寺 万博記念公園 箕面の滝 大阪市内の紅葉
高雄 神護寺 多武峰 談山神社 奈良公園 神戸市迎賓館 相楽園 
 

神戸市迎賓館 相楽園

 <2025.11.30>

      

 兵庫県庁のある元町駅の少し山手。神戸市中心にある市立迎賓館「相楽園」は都会のオアシスである。
 元は旧三田藩士で事業家の小寺家(後の神戸市長)の明治時代の私邸。6千坪の広大な庭園と邸宅地跡を神戸市が譲り受けた。神戸空襲で焼失したが庭園が復元され、一般公開されるようになった。
 城門のような正門をくぐると、荒木村重が植えた樹齢450年の大楠や大灯篭、大蘇鉄に驚かされる。姫路藩主が使った黒漆の二階建て船屋形を庭園に移設。茶室、石橋、飛石、敷石や各種の石灯篭、滝などを配した池泉回遊式庭園に盆栽松、イロハモミジ、ツツジなどが植わり、池では錦鯉が優雅に泳ぐ。旧異人館のハッサム邸も移設保存されている。

  







奈良公園

 ■逆光でモミジを撮る <2025.11.22>

       

 紅葉の最盛期に入った。奈良公園での長年の課題は「モミジと鹿」。百人一首や花札にも登場する縁起のよい取り合わせである。それを「逆光」でトライする。モミジを逆光で撮るとより綺麗に紅く輝くが、鹿や他の被写体が暗く映ったり、青空が飛ぶからその兼ね合いが難しい。
 公園の中心部の飛火野、浮雲園には鹿はいっぱいるが、好天気のこの日は3連休中のため国内外の観光客で混雑。丁度よい逆光ポジションに鹿が現れてくれても、観光客がノイズになるどころか、カメラを構えている前に平気で立ち入って来て撮ったり、鹿の側でポーズをとるから腹立たしい。
 3時間程粘って「紅葉・鹿・逆光」の条件が揃った何枚が撮れた。以前(2011年)のくすんだモミジ色に比べて輝きが増しているのがよくわかる。

  


 ■<2011.11.19>

 秋の奈良公園。モミジと鹿を撮りに来た。大仏殿とから若草山に向かう登り口にある手向山八幡宮。東大寺の守護神として宇佐八幡宮から勧進された由緒ある神社。その北門に植わる黄金色に輝く大銀杏とモミジの錦が互いを引き立てて美しいが、この周辺まで鹿はこない。
 鹿がいっぱいいる奈良公園中心部。鹿センベイを買って、丁度よい被写体になる色づいたモミジの木の側に誘導してみるが、鹿が密着しすぎて離れないから思うように撮れない。

  







多武峰 談山神社(大和)

 <2016.11.15>
 本格的な紅葉シーズン。奈良県多武峰(730m)の山中にたたずむ談山神社を訪れた。
 大化の改新の中心人物、藤原(中臣)鎌足を祀っている。
 飛鳥時代に創建された多武峰妙楽寺が神仏分離後、談山神社に改称された。大化の改新を進めた中大兄皇子(後の天智天皇)と藤原鎌足との談合の地「語らいの山」が社名の由来とされる。
 近鉄桜井駅からバス。以前は細い山道であったが2車線道路になっている。見頃であるが、台風で葉が痛み色づきは今一歩のように感じる。


      

 鎌足は中臣家出身。神が宿るとされた多武峰の神官の家系、身分はそれほど高くなかった。飛鳥法興寺の蹴鞠会で、中大兄皇子が飛ばした靴を拾い上げる鎌足の様子が、多武峰縁起絵巻に残されている。
 その中大兄皇子らと共に蘇我氏体制を打倒し、大化の改新を進めた功績で冠位が贈られ藤原姓を授かる。これが藤原氏の祖となる。
 鎌足の没後、子供の定恵僧と藤原不比等の発願により、摂津国にあった墓をこの地に改葬、十三重塔を建てたと伝わる。社殿は戦火で度々消失しているが、木造檜皮葺の十三重塔(室町時代後期)は奇跡的に残った。
 桜と紅葉の名所であるが、中大兄皇子と鎌足の出会いとなった飛鳥寺の蹴鞠会の故事にちなんで、鎌足の命日(10月)に談山神社で蹴鞠祭りが行われる。






 嵐山 嵯峨野(京都)

 <2015.11.18>

 嵐山は桂川沿いの小山。いつの間にかこの一帯を嵐山と呼ぶようになった。平安時代の貴族の別荘地から京都最大の観光地となって、日本人より外国人の方が多いかも知れない。

■渡月橋
       

 着いたのは昼過ぎ、渡月橋から望む嵐山の東斜面は少し日陰になりかかっていた。

 渡月橋は平安時代の初期に架けられた。現在の橋は昭和初期に架け替えられた鉄筋であるが、欄干の部分のみ木造となっている。この橋を渡ると嵯峨野と呼ばれる観光地が広がる。
 その入口の天龍寺から竹林を抜けて常寂光寺、落柿舎、二尊院、祇王寺、化野念仏寺と続くが、鳥居本まで来ると人通りも途切れて落ち着く。

■天龍寺 宝厳院
 通称、銀座通りを左折すると京都五山筆頭、足利尊氏創建の臨済宗天龍寺派大本山天龍寺。
 その広大な境内の一番奥、天龍寺塔頭の一つに紅葉の名所、宝厳院。室町時代の創建。夢想国師の流れをくむ禅寺として開山された。応仁の乱で焼失。再建後、現在に地で再興された。
 巨岩の獅子岩を配した回遊式庭園。苔の緑と紅葉の色彩コントラストが艶やかな。

  

■小倉山 常寂光寺
 竹林や野々宮神社を通り抜けた小倉山の懐にある常寂光寺。紅葉の名所で訪れる人が絶えない。
 山門から紅葉の参道が続く。苔むした茅葺の仁王門から本堂に覆うような紅葉は赤、オレンジ、黄緑色が入り交じる。苔で敷き詰められた斜面の落葉も美しい。
 平安時代、藤原定家の別荘があった。安土桃山時代に日蓮宗の日禎上人が譲り受けて、常寂光寺を開山。後に丹波地方の物産を京都に運ぶため、保津川の改修工事や水運の支援した。これが保津川の観光下りのルーツとされている。

          


  ■二尊院
 常寂光寺の隣、小倉山の裾野に門を構える。
 平安時代の初期、嵯峨天皇の勅願により天台宗の高僧が建立したと伝わる。
 本尊が阿弥陀如来と釈迦如来の二尊であることが寺名の由来となっている。
 伏見城の遺構を移したとされる総門を入った参道は紅葉の馬場と呼ばれる。朝日の入る早朝が美しいが日中はやや日陰になる。

■落柿舎
 元禄時代の俳人向井去来の草庵。
 境内に柿の木がたくさんあって、実った柿を売る予定が台風で全て落ちてしまったことが名前の由来と伝わる。
 去来の師、松尾芭蕉はここで嵯峨日記を著した。
 現在の草庵は江戸後期の再建。公益法人の落柿舎保存会によって保存、運営されている。
 
  ■祇王寺
 奥嵯峨の小倉山の山麓にある。
 平家物語によると、平清盛の寵愛を受けていた白拍子の祇王姉妹。若い仏御前が現れたため追われて出家した。
 後に仏御前も出家して、共にこの寺で暮らした。浄土宗の尼寺。現在は真言宗大覚寺派に属する。

 苔の庭が有名だが、この時季は落葉した紅葉で埋り、日が当たると映える。

■化野 念仏寺
       

 愛宕街道の穏やかな登り坂が続く。化野と呼ばれるこの辺りから鳥居本まで、江戸時代後期から明治、大正にかけての建物が建ち並び伝統的景観保存地区に指定されている。ここまでくると往来する人は少なくなる。
 念仏寺の階段を上がると8千体もの石仏、石塔が並ぶ。
 化野ははかない、むなしい無情の野。京の埋葬の地で、お墓や無縁仏となった石仏、石塔が散乱して野ざらしになっていた。平安時代始め弘法大師空海がこの地にお寺を建て弔ったと伝えられる。
 その後、明治になってから付近に散乱、埋没していた無縁仏がここに集められた。


  

■鳥居本
 念仏寺からさらに愛宕街道を北上すると愛宕神社の門前町の鳥居本。瓦屋根の民家から茅葺の風情ある家が多くなる。京都市嵯峨鳥居本町並み保存館で鳥居本の歴史文化を知ることができる。
 愛宕神社の一之鳥居まで来ると江戸時代から続く、つたやと平野屋の2軒の茶屋がある。坂を登ったバス道から眺めると風流な景色になる。
 愛宕街道をさらに行くと愛宕念仏寺、トンネルを潜って清滝から愛宕山へと続く山里深いこの辺りの紅葉は既に終わっている。鳥居本の晩秋のちょっと風流な景色を眺めて引き返す。
 嵯峨野トロッコ列車に乗るためトロッコ駅に立ち寄ったが、既に全列車予約で満員となっていた。







高雄 神護寺(三尾)

 
<2014.11.10>
       

 京都の北西、周山街道の清滝川に沿って高雄、槙尾、栂尾の集落が続く。総称して三尾(サンピ)と呼ばれる。高雄の神護寺、槙尾の西明寺、栂尾の高山寺。何れ劣らぬ名刹のモミジを訪ねる。
 京都駅からJRバスで1時間。このシーズンになると大勢の紅葉狩りの人でにぎわう。

 山城高雄の清滝川を下り、高雄橋を渡って400段程の長い参道の先に神護寺がある。
 奈良時代後期から平安時代前期の高級官僚であった和気清麿呂ゆかりの寺。弘法大師空海が高野山を開く前に滞在していた三尾の中心地。

 一旦、清滝川沿いに下って再び登ると西明寺。空海の高弟が神護寺の別院として創建。現在の本堂は徳川5代将軍綱吉の生母 桂昌院の寄進とされる。
 高山寺は周山街道を少し北上。奈良時代の創建、鎌倉時代に明恵上人が後鳥羽上皇から栂尾の地を授与され神護寺の別院として高山寺を再興した。境内の石水院で有名な鳥獣戯画(国宝)は、漫画のルーツとされている。

          

 −紅葉の色素変化−
 紅葉は落葉樹が冬じたくをしている姿。葉の中には光を吸収する緑色の色素(クロロフィル)と、黄色の色素(カロチノイド)とがある。春から夏にかけてクロロフィルは二酸化炭素と水分を吸収して、光合成によって植物が生長するための栄養分をまかなう。
 秋になって日差しが弱くなると光合成は弱まり、落葉樹は休眠に向けて葉を落とす準備を始める。光合成の主役であったクロロフィルは不要になりカロチノイドが目立つようになる。これが黄色く色づく紅葉。
 一方、赤くなる紅葉は光合成で葉の中に残った糖質成分が、赤い色素のアントシアニンに変化するためで、最低気温が約8℃以下になるとアントシアニンの変化反応が進むとされてる。







永観堂(禅林寺) & 南禅寺 

 
<2013.11.23>
       

■京都で代表的な紅葉の名所の永観堂。正式には臨済宗南禅寺派大本山禅林寺永観堂。
 創建は空海の高弟が真言宗密教の禅林寺を建立(863年)したことに始まる。後に法然上人の念仏思想に傾注して浄土宗に改まった。
 この禅林寺が一躍有名になったのは、住職の永観律師が境内に恵まれない人達のための治療施設を建て慈善事業をしたことから、いつしか人々のあいだで永観堂と呼ばれるようになった。境内は3千本もの色とりどりのモミジが映える。

       

■南禅寺は永観堂の南隣。時の天皇、上皇によって国家鎮護、皇室繁栄などを祈願して創建された日本最初の勅願寺。臨済宗(禅宗)京都五山(天龍寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺)と、鎌倉五山の最高位。
 広大な南禅寺の境内に琵琶湖の水を京都に運ぶ水路閣がある。明治時代の中期、古代ローマの水道橋をモデルとして建設された琵琶湖疎水。
 京都への水の供給、船運、水力発電に利用されたが、現在も京都の水源となっている。レンガ造りのレトロな建物とモミジが競演する景観は、もう一つの京都の代表的な風景である。


     







箕面の滝(箕面公園) 

 
<2012.11.25>
       

 大阪の郊外、北摂丘陵の箕面公園の中に落差33mの滝がある。この季節になるとモミジ狩りに訪れる人達で賑わう。
 一帯は有馬・高槻構造線の活断層が走り、箕面川を横切った断層によって滝ができたとの説もある。
 箕面の名前は、木々の間から流れ落ちる滝が蓑に似ていることから付けられた。昔はそれほど水量が多かったが、滝の上流で新御堂筋のトンネル掘削で水脈が分断。ポンプアップしているが水量は激減してしまった。
 小学校の遠足や子供が小さい時は何度も訪れている。阪急箕面駅から滝まで3キロ程の緩やかな登りであるが、久しぶりに歩くためか遠く感じた。
 晴天の日曜日と重なって沿道は超満員。滝まで平素は40分程であるが1時間以上もかかった上、滝壺の周囲も人人人・・。滝壺では水しぶきに陽が射して、虹が見られる幸運に恵まれた。

       







万博記念公園 

 
<2012.11.12>
      

 近郊の紅葉名所は色づき始めたばかりだが、万博記念公園では一足早く艶やかな赤黄色の衣をまとう。
 公園内の自然文化園では、紅葉渓を中心にモミジやイチョウなど多くの落葉広葉樹がある。モミジバフウ(紅葉葉楓)と呼ばれるアメリカ原産の落葉高樹。鈴懸の木と呼ばれるプラタナス並木の黄金色。モミの木を配した池の周辺では、錦彩色の落葉が絨毯を敷きつめたよう。広大な日本庭園では池の周囲の緑葉樹に交じるモミジが映える。

   

 万博記念公園は1970年(S45)千里丘陵が世界の千里に変身。 日本最初の国際博覧会が開かれた跡地。
 6か月もの開催期間中、各パビリオンは連日長蛇の列が続いた。各国、各地から万国博にやってきた人は6千万人を越えた。その頃、競うように多くの国や企業パビリオンを見て回った。長時間並んだアメリカ館のアポロ宇宙船や月の石。人気のソ連館。各企業館の迫力ある特殊撮影映像に感嘆したものだ。
 当時のアクセスは阪急千里線に万博西駅が設けられたり、北大阪急行が千里中央駅から万博中央駅まで延長していたが、今はモノレールに変わっている。







大阪市内の紅葉 

 <2010.11> 大阪城公園
      

 ケガをした足の甲や関節が腫れ、出控えていた間に季節はいつの間にか11月下旬。紅葉のピークを迎えている。近くの大阪城、御堂筋、鶴見緑地公園だけになった。
 大阪を代表する大阪城公園。天守閣から見下ろす外堀周辺、モミジは少ないがイチョウに桜の紅葉が混じる。大阪でイチョウといえば御堂筋。梅田から難波までのメインストリートに4列 4キロも続く。
 銀杏が落下するのを待つかのように沿道は黄金色に染まり始める。この頃の御堂筋がいちばん美しい。12月に入ればイルミネーションの衣で覆われてさらに輝きを増す。

 
 







京都 紅葉いろいろ

 2005年頃から2013年にかけて訪れた京都各地の紅葉の名所をピックアップした。

■洛北 北白川
 京福電鉄沿いの洛北、北白川に紅葉の名所が幾つかある。
 曼殊院:伝教大師最澄創建。皇室が住職を務める門跡寺院。白砂石庭とモミジ、ツツジの名所。
 園光寺:臨済宗南禅寺派の寺院。徳川家康によって開基。モミジで覆いつくされる枯山水の庭園。
 実相院:岩倉の里にある。天台宗派に属する皇室と関係が深い門跡院。庭園の新緑や紅錦が床に映る床モミジ。山門の大モミジは圧倒される。

      

■東山 哲学の道
   正真極楽寺:通称真如堂と呼ばれる。比叡山天台宗派の寺院で三井家の菩提寺。
 法然院:法然上人ゆかりの浄土宗の念仏道場。鹿ケ谷の哲学の道のにある。
 安楽寺:法然院の隣。後鳥羽上皇の女官であった松虫と鈴虫は法然上人の法話を聞いて、若くしてこの寺で剃髪。激高した上皇は法然上人を隠岐、親鸞聖人を越後に流罪にするなど、浄土宗の僧侶を厳しく弾圧した。 

     

■北山 鷹峯
    

 源光庵:鷹峯にある曹洞宗の禅寺。丸い悟りの窓と、四角い迷いの窓がある。平素はひっそりした小さな寺であるが、この季節になると賑わう。

 伏見城の戦い時の血染めの床板が、天井板に使用されている。
 光悦寺:徳川家康から拝領した日蓮宗のお寺。
 江戸初期の文化人、本阿弥光悦の草庵。
 多くの文化人や芸能家が集まる芸術村を形成した。竹を割いて菱形に組み合わせた光悦垣と、七つの茶室が有名。
   

■洛中
 東福寺:京都五山第四位の臨済宗の禅寺。鎌倉時代の中期、摂政九条家によって奈良の東大寺や興福寺に劣らない大伽藍を創建。「東」と「福」の一字ずつ取って名付けられた。
 京都一番の紅葉の名所だけあって人出もすごい。回廊の天通橋が紅錦に覆われる絶景に圧倒される。
 高台寺:豊臣秀吉の正室 北政所(高台院)が秀吉の菩提を弔うため東山の高台に建立した。小堀遠州の庭園は名勝史跡に指定されている。紅葉の期間中はライトアップと本堂庭園の勅使門に3Dマッピングが投影される。

     

■西山 大原野
 善峯寺:西山・大原野の山岳地に建つ。平安時代の中期の創建、西国20番札所の観音寺。高台にあるため見晴らしがよい。樹齢600年の天然記念物「五葉松」は全長50mもある。
 光明寺:西山浄土宗総本山。法然上人が念仏説法を説いた場所。モミジのトンネルは格別。
 源氏の有力武将であった熊谷直実は、源平一の谷の戦いで自分の子供と同歳の幼い平敦盛を討ったことを悔い、武士を捨て出家。法然上人の弟子となり、法然ゆかりのこの地に念仏堂を建立したのが光明寺の始まり。その後、故郷の武蔵熊谷郷に帰り、敷地に草庵を建立したのが熊谷寺。

     

■宇治 興聖寺
   源氏物語の舞台になった宇治。平等院から宇治川を渡った対岸に佇む禅寺。
 鎌倉時代に曹洞宗を開祖した道元は深草に興聖寺を創建したが、比叡山延暦寺の弾圧を受けて廃絶した。
 越前の逃れ、永平寺を建て禅宗を教化。徳川初期に現在の地に興聖寺が再建された。
 琴坂と呼ばれる200m程のモミジの参道は禅寺らしい落ち着きがある。







高野山・みたらい渓谷

■高野山 蛇腹道 <2009.10.30>
   

 高野山の紅葉は平地より少し早い。壇上伽藍と金剛峯寺をつなぐ蛇腹道(ジャバラミチ)と呼ばれる小径は、赤や黄色のモミジのトンネルになる人気のスポット。



■みたらい渓谷(天川村) <2007.10.27>
   

 奈良県吉野郡天川村は紀伊山地の秘境、大峰山の山裾にある天川沿いの渓谷。
 車を置いて渓谷沿いの遊歩道3キロ程を往復。吊り橋や急な登り、アップダウンのある階段や巨岩、滝、深い渕など、自然のままの紅葉、飾り気のない渓谷美をゆっくり楽しめる。







滋賀の紅葉

 滋賀県名神高速沿いの湖東地区に、北から西明寺、 金剛輪寺、 百済寺(ヒャクサイジ) の通称「湖東三山」と呼ばれる天台宗の名刹がある。近くの臨済宗永源寺と共に紅葉の名所として知られる。湖北にも穴場の鶏足寺(ケイソクジ)がある。

■金剛輪寺 ■西明寺
   

 湖東三山の一番北にある金剛輪寺。奈良時代に聖武天皇の勅願により行基が開山した天台宗の寺。
 山門から続く長い参道は山岳城郭を思わせる。織田信長の焼き打ちから免れた本堂、三重塔など鎌倉時代や室町時代の建築様式を残している。
 本尊の木造聖観世音菩薩は行基の彫刃による自作と伝わる。紅葉の美しさは、観音菩薩の木肌から流れた血がモミジを染めたと伝わる。
 同じ天台宗の西明寺は少し南にある。平安時代に仁明天皇の勅願によって開山したが、戦国時代の兵火で焼失。江戸時代の中期に再建された。本堂や三重塔は釘を使わない純和風形式の建物。紅葉と同時期に不断桜が見られる。

■百済寺
 湖東三山の中で最古の天台宗の山城寺院。
 石垣を覆う参道の紅葉が美しい。

 聖徳太子が渡来氏族の百済人のために、百済の寺を模して創建されたと伝わる。そのため、近隣の金剛輪寺や西明寺とは少し雰囲気が異なる。
 平安時代に近江の多くの寺院と同様、天台宗比叡山延暦寺の勢力下になった。
 

■永源寺
 湖東三山には入らないが、湖東地区の愛知川上流に建つ天台宗永源寺派の本山。
 南北朝時代、近江領主の佐々木氏が禅僧を迎えて開山。一時は広大な領地に2千人もの僧がいたが、兵火を受けて衰退した。江戸時代、後水尾天皇や井伊家の庇護を受けて諸堂が再建された。
 山門から境内にいたる紅葉がきれい。妻がお気に入りの場所。一帯は永源寺コンニャクの産地としても知られる。

■鶏足寺

 湖北地区にも隠れた紅葉の名所がある。奥琵琶湖の木之本、巳高山麓の古寺。
 奈良時代に行基が開基、その後、天台宗最澄が再興したと伝わる。
 運よく紅葉の終盤、静かな境内の参道を埋める落ちモミジ、真っ赤な絨毯を敷き詰めたよう。
 JR西日本の車内広告に取り上げられて訪れたが、道に迷うほどややこしい。観光バスは入れない、駐車場からも少し歩くが超穴場。
 







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