<第17の手紙>

会いたい息子に

チョン・スニ

 

 どの一日息子考えが出ない日がない、会いたい私の息子よ!あまりにも会いたくて手紙さえすることができないということを分かりながらもこの手紙を書く。

 

 綿毛布施時した幼い時に軍に入隊して頬髭ひげ方水力海進老チョンガになって満期10年の軍服務終えて家に戻った息子、もちろん入党もして満期10年の行跡はあっても今は勉強しようとしても金がなくて、暮らすことに汲々としたが結婚すれば家庭を率いなければならず子供たちができて家庭を抱えなければならず、子供たちが生れて生活をどのように生きていくのか知らないだろう・・・

 考えれば前がまっ暗になりまったくするところが浮かび上がってこないんだな。

 

 家もなくて職場警備建物に頼って、土地もなくて食糧も活動根拠地も木も皆なくて捨てた赤くあらわれた土地でどれくらい苦労しているのか…朝ならば青みに席を蹴って起きて式典作業しなければならなくてジャガイモいくつかで朝食と急いで出勤しなければならなかった君だったね・

 

 幼い子供たちにも米飯一杯たっぷりと食べさせてやれなかった世の中が恐ろしく生々しいな、雪が解けて畑畝を尋ね歩きながら豆落ち穂を与えて行って、一粒二粒1落ち穂1落ち穂与えて行って、すりばちに搗いておかゆを炊って朝夕方  を明かして1食も草なしでは食事を作れないことだけ分かった過ぎた日が浮び上がる。

 

 出産した産婦にトウモロコシご飯を与えなければならなかった毎日ら、デル木がなくて10余道を歩いていって二肩がむけるようにうち、戻らなければならなかった日々、土地がなくて君にこっそりと私が畑を借りて農作業をして、今は君に老いた私が負けることがなってはならないという考えにどこへ行くという言葉もなしで離れたのが気にかかってより一層懐かしくなる息子よ!

 

 すべてを一人で背負わなければならない疲れる生活、この母を恨んだだろうが、私一人でもヌルグマクに息子に負担を与えてはならないという一つの考えであくどい悩みの末に離れた私を・・・息子よ!許してくれ!

 

 今はたくさん痩せ細った2人の子のお父さんとして健康に威嚇を受けながら生きていく会いたい息子よ!

 退勤後で疲れてだるいからだだが吹雪く尾根に牛車引っ張って上がってたきぎを取りに行って飢えた腹と痩せたからだに疲れた姿で深い夜に家にきた姿、履き物もみなぼろぼろになったハ族を針でつかんで縛ってゴムを付けて…膝が出てきた古いズボン色あせた小さいジャンパー一つかけて、それでも不満なしに生きた私の大事な息子、コム太くなった君の手、日差しにかすんだ点々黒くある体格、もうさらに多く険しくなっただろうね・・・お母さんがこの文を書きながらどれくらいどれくらい泣いて心が痛いのか…

 手紙をもう書きたくなかったのか・・・君は分かるの?それでも私がこの文まで書かなければ胸の中で災いだけ積もられるようで誰にでも開放したくてこのようにずっと書く。

 

 道を行ってトウモロコシある落ち穂、ジャガイモ一粒が土地に転げまわることを見てもそんなにも大切で土地でも恥なしで与え集めた息子、純粋ジャガイモに玉ネギ葉で食事を間に合わせながらもそれが自分に取ったことにだけ考えて・・・雨水にぬれて崩れた壁台所には水がいっぱいでも言葉なしに汲み出して、石を置いて火をおこした息子よ!

 

 落ちたビニール薄膜にたつ巻押し寄せる時は寒さに震えた北朝鮮の冬夜はお母さんの記憶から消したい程痛みだけ与えるんだな。

 

 今は私の年70が遠くないが…今は忘れられる時もなったのになぜこのようにそちらでの生活らが思い出せて私の胸をさらに破れられるようにするのか_今日一日もお母さんは故郷側の空を見ながら置いてきたお前らの苦労の代わりをしたいな。

 

 4月の水の中が肉を代わりにして出すように北朝鮮の天気、他の人が皆寝る夜ならば警備員の目を避けながら足首に網をかけて片手を網を引っ張りながら水に走って聞いて深い水も拒まないで海老浮かび上がることをした君、服はぬれて寒くて歯はマッチョウミョ海老浮かび上がって売って食糧を買って食べるようになったと一瞬ではあるが安堵の息を吐き出すも人の気配が出ればイバラの薮の中でも木立でも容赦なく体を隠さなければならなくてともすると海老網まで皆の時奪われなければならなかった残忍な世の中だったのね・・・

 

 今でも私は君の考えればとても私が残忍になるんだな。

 君を産んで育てる時は世の中あるお母さんと必ず共に私も大きい抱負と期待を抱いてきたがこのように暮らしにくい世の中になるとは…君にそして嫁にとてもたくさんごめんねするんだな。・・・

 

 三才くらいの子に一日と共にアメ買うことが畑に行ってくる間遊んでいろと話をして、それでも一度もアメを買うことができなかった世の中、一回も米飯の味を見せたことがなかったこの祖母が今私は良いところで食べたい物みな食べて、広くてすっきりしているアパートに住みながら住むのが住むようでないな…

 

 置いてきた三人の子供を考えれば思わず目がしらが熱くて一日も涙なくして過ごす日がなくて。

 

 息子よ!

 私は今夜も暖かい寝具に横になって北朝鮮の子供らを考える、何も望むことも期待することもない北朝鮮土地、急ぎいく子供ら、百姓ら・・・この母は今日も方法なしで祈祷するだけ。私は良く暮らしているのにうちの子をよく守ってくれと・・・北朝鮮にも、はやく民主化になって幸福を享受するようにしてくれと-・・・

 

 愛する息子よ!

 統一になってまた会う日をお母さんは祈りながら指を折って数えながらソウルで待つ!

 ぜひ子供たち率いて元気でいて。

 会いたくて息子、嫁、私たちのヘソン…


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