2026年度 社会人ゼミ 「みなさんへの呼びかけ」(趣意書)
私は大学に入ってすぐのころ、ある本で、知的な人間にとっての根本的テーマは「人はどこから来て、どこへ行くのか」という問題について考えることだ、と教わりました。私はこれを、「自分」を含む「人間」とは何かといういうことを知りたければ、その人間(個人)と直接・間接に関係のある歴史を知らなければならないということだと解釈しました。ということは、「教養」の基本は歴史を考えるということになりますね。
2026年度は、昨年度に引き続き、他人事ではない、自分事としての歴史を考えます。
「個人史から読み解く日本近・現代史:しつこく追究 ”人はどこから来てどこへ行くのか”」
われわれが自分事としての歴史を考える際の方法的な拠り所とするのは3人の先達。一人はC.W.ミルズ。「社会学的想像力」を唱えた人ですね。彼は個人の人生(ミクロ)と社会の歴史(マクロ)を関連づけて理解する能力の必要性を説いています。
もう一人は、昨年度に引き続き、柳田國男。彼は、自家の先祖がどう生きてきたか、どういう生活をしていたかを知ることが、自分を知り、日本を知ることにつながる、という意味のことをいっています(『先祖の話』(1945年)、『郷土生活の研究法』(1935年)など)。
そしてもう一人はピエール・ブルデュー。 彼の考え方、特に、かの『ディスタンクシオン』のなかで説いた「経済資本」「文化資本」「社会関係資本」「ハビトゥス」といった概念は自分の成り立ち、そしてそれと深く関わる自家の歴史を社会との関係の中で理解するために大いに助けとなります。2026年度の社会人ゼミはブルデューに教えを乞いながら、自分にかかわる歴史を考えていきます。
『ディスタンクシオン』が出たのは1979年。超難解なフランス語で書かれたこの本を東大のフランス文学の先生である石井洋二郎さんが翻訳を出してくれた(藤原書店、1990年)。石井さんが社会学者ではないのがかえって、よかった。できるだけ社会学の術語を遣わないで訳してくれたのです。私がブルデューと同じように地方の労働者の家庭に生まれたせいもあるのでしょう。彼の階級論、社会構造の成り立ちの説明がとても分かりやすいし、他人事ではない。夢中になって読みました。
この1990年翻訳版が大ヒットし、2020年には翻訳普及版も出た。しかし、ブルデューが「わざわざ」難解に書いているらしく、石井さんが苦労して訳してくれたけれどもけっして易しくはない。それに、分厚いし、高い(普及版でも上・下合計で7,920円)。(じつは、石井さんは『ディスタンクシオン』が難しすぎると思ったらしく、1993年に『差異と欲望:ブルデュー「ディスタンクシオン」を読む』という「解説本」を出しています。とても分かりやすのですが、その後、世界や日本が大きく変化しました)。ブルデューの1979年版以降の社会変化にも目配りし、さらにもう少し安くて、わかりやすい本があると、より多くの人といっしょに勉強できるのだが、と欲張ったことを思っていたら、石井さんが『差異と欲望』以降の社会の変化にもふれ、さらに易しく解説した『ブルデュー「ディスタンクシオン」講義』を2020年に出版(藤原書店、2500円+税)。同じ年に、人気社会学者岸政彦さんがNHK「100分で名著」という番組で解説をしてくれるということになった。後者はテキスト付きで、何と524円+税という安価さ。そして両者ともブルデューの概念、考え方をとてもわかりやすく説明してくれている。これらを読んだうえで、自分史、個人史、ファミリーヒストリー、延いては現代史を考えるゼミをやってみようという気になったというわけです。
そこで、みなさんに提案です。
まず、岸政彦著『100分で名著 ブルデュー 「ディスタンクシオン」』(2020年、NHK出版、524円+税)と石井洋二郎著『ブルデュー『ディスタンクシオン』講義』(2020年、藤原書店(2500円+税)を買ってもらう。そして最初に岸さんの『100分で名著』を読んでもらう(できればゼミの開始前に)。これだけで、自分の「生」とマクロな社会がどうつながっているかがかなりわかります。これは薄い本なので読了に1週間もかかりません。次に石井さんの『「ディスタンクシオン」講義』を読んでもらう。
両者とも、読みながら、ページの余白に自分の体験や見聞をどんどん書き込んでいく。私の例を挙げてみます。岸さんは、『100分で名著』のなかで、小さいころピアノを学んだ子どものことを例に出して文化資本とハビトゥスについて説明します。その子は、たとえピアニストにならずとも、「何かを努力して身につける過程を体験します。目の前の楽しみを先送りにしてでも、いま努力することで技能を習得する。そういう態度を学ぶわけです。この態度、あるいは傾向性(心的傾向)は、おそらく将来、学校教育をはじめとするさまざまな場でも有用であるに違いありません」(p34, 8行目)。この態度、心的傾向が「ハビトゥス」ですね。私はこのページの余白部分に、このハビトゥスが自分の少年時代に決定的に欠けていたこと、ワーキングクラス(私の家)とミドルクラス以上の家庭環境の違いについて具体的なメモを書き記しています。
実際のゼミでは、石井著『講義』の各章を批判的に読んできたうえで、その章から学んだこと、異論反論といってコメント、時代による違いの指摘など、自由に語り合います(余白に記したメモが役に立ちますね)。大学のゼミとは違い、気楽に、自分の経験を交えて話せばよいのです。
ゼミの最初は私がリードしますが、その後は、ゼミ同人(生徒ではない。志を同じくする人)が好みの章を担当してリードします(別紙のスケジュール表を参照)。
ゼミ運営について、より詳しくは4月のゼミの冒頭で説明します。
自分事としての歴史を楽しく考える。あなたの参加をお待ちしています。
2026年3月14日
白水繁彦
shiramizus@gmail.com
駒澤大学GMSラボ研究員
駒澤大学・武蔵大学名誉教授
<より深く学びたい人のために:上記の『100分で名著』 『「ディスタンクシオン」講義』とは別に>
◎ブルデュー著石井洋一郎訳『ディスタンクシオン』藤原書店、1990年刊行
◎石井洋二郎『差異と欲望:ブルデュー『ディスタンクシオン』を読む』藤原書店、1993年刊行(上記1990年翻訳『ディスタンクシオン』の解説本)
◎1990年版の普及版:藤原書店、2020年刊行
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